第171話 訪れた災厄 2
帝と左大臣の密談を、密かに床下で聞いていた
「なんと言うことを……」
「どうかなさいましたか?」
「いや……」
別当の問いかけに、東宮は、そう返事を返しながら、とにかく、なんとしてでも離縁届を手に入れ、話を早く関白に知らせねばと、素早く
しかしその日の夜、その情報を手に入れたのは、実は東宮だけではなく、すべての殿上人たちは、その災厄からは逃れられなかったのである。
帝は満足げに左大臣が署名した料紙を、しばらくながめていたが、それを文箱に大切にしまおうとしていると、いつものように
すました顔の彼は、連れてきた官吏に、帝の様子がおかしいので、後宮にも置いていない、貴重な薬を典薬寮に取りに戻るように言いつけた。官吏が慌てて姿を消したので、部屋の中は二人きりになる。
彼は、ここ二年、
しかしながら、光る君が内裏に帰ったことで、帝も落ち着きを取り戻し、
それがここにきて、この
「役に立たぬ上に、いらぬことばかりしてくれる……」
料紙を手にさまざまなことを考えていた彼は、ふとひとつの考えが頭に
薄暗い
それから薬箱から継ぎ足し用の油を取り出し、人気のない庭に面した
朝からの強風に吹かれ、火は
煙に気がついた大勢の武官が、人払いのされていた
「今日はよい風が吹いているね……」
仰いだ不気味な色の空には、桜と橘の枝が強風にあおられて、大きく揺れている。
内裏が燃えて焼失し、里内裏(女御の実家の仮の内裏)になれば、
彼は大内裏中の建物から武官や文官、すべての官吏たちが、内裏に飛び出してゆく大騒ぎを見ながら、なにか考えている様子であった。
その頃、
「母君や内親王方が!!
「皆様は必ずやわたくしが助け出してきます! それよりも東宮は避難して下さい!」
帝がどうなっているか分からないいま、東宮を内裏に戻すなど、あってはならなかった。それでも無理やりに内裏に戻ろうとする東宮に「失礼!!」そう言って、当て身をして気絶させた別当は、横で心配そうにしている
「東宮を早く右大臣のやかた……いや、関白のやかたに! あそこが一番近い!
関白のやかたの門番たちは、いきなりのことに驚いて、一旦、彼らを止めたが、関白の孫である
母君と妹君が心配な
「一体、なにがございましたの?!」
「おお、よいところへ! 内裏で火災が発生し、東宮が避難されていらっしゃった。急なことであるが、邸内の差配を頼みます! わたしは葵の上や大宮を、ここに迎えに行く手配をします!」
大変な騒ぎに驚いて、母屋までやってきた
真夜中だというのに、空は赤々とした炎で照らし出され、閉められつつある門の隙間から、大勢の牛車や人々が、大路を行くのが見えた。
そして大宮と姫君が、いつこちらへきてもよいように、西の対を用意させていたが、東宮がいらっしゃるので、葵の上は内裏から一番近いこちらに、一旦はいらしても、
あそこは、もともと女房の数が手薄である。後宮から避難してきた女房たちも、すぐには動けぬことを見越し、葵の上がお困りになるだろうと、二十名ほどの女房を選ぶと、さまざまな最低限の品を持たせ、混雑する大路を避けて、
その頃、左大臣は自分のやかたの中で、
「仏罰が、仏罰が下った……わたくしが
周囲の女房や家人はとまどった表情で、それでも大宮や姫君のために牛車を用意せねばと、左大臣に声をかけていたが、関白の腹心である家人の
「理由はお判りでしょうが、大宮と姫君は避難されても、こちらにはお帰りになりません」
彼は呆然とした表情で、目の前に広げられた、処分申し渡し状を見上げている左大臣に、書状を手渡し、関白から追って沙汰があるまで、左大臣を、やかたから決して出してはならぬと、やかたの警備の長に命じ、女房たちには大宮と姫君の身の回りの品を、関白のやかたにすべて移すよう命じると、その場から再び馬に乗って姿を消し、左大臣は自分が招いた(そう思い込んでいる)とり返しのつかない惨状を、大いに後悔しながら、大宮と姫君が無事であるようにと、ただただ涙を流し、神仏にふたりの無事を祈っていた。
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