第10話 葵の君覚醒 2

『関西大学生あるある話?』


 ・私鉄が発達し過ぎて、奈良の右端から大阪の左端など、かなり遠くても自宅から通わされる。


 ・全国から学生が集まる傾向があるので、学内では標準語が公用語。関西人同士でもほぼ標準語。そしてだんだんと家に帰ってもイントネーションが、標準語に寄ってくる。


 ・休みの日に一人暮らしをしている地元出身じゃない友達と遊びに出かけて、観光案内がてら、せっかくだからと、京都で抜刀や舞妓体験をする。


『最後のひとつは、わたしあるあるだ……』


 いまにして思えば、人生の壮大な伏線だった気がするなあ。長々と、そんなこんなを思いながら、うっすらと明るくなった部屋で、最近は『遅寝遅起き』になってしまった『葵の君』は、今日も目を開ける。


 そう言えば、高校生の時も交換留学生と、京都に体験観光に行った。


 大学生になってからは、親友の花音かのんちゃんと行った。舞子体験ではなく、十二単じゅうにひとえ体験コースだったけど。


 総重量おおよそ20㎏と言っていたような気がする。


十二単じゅうにひとえ


 さまざまな種類があるらしいが、それは部活の体力づくりの一環で、延々と続く石段を駆け上がり、拳立けんたてのやり過ぎで、握った拳にあるはずの、指のつけ根の骨のデコボコはぺったんこ。


 手押し車で道場を走り回り、大きな掛け声で、元気いっぱい毎日の部活を送ったあとに、終電に間に合うように、リュックに詰めた大荷物を背負って、えんえんと続く坂道をダッシュする。


 そんな平均成年女子より、はるかに体力を持つはずのわたしたちが、座った姿勢から一瞬立ち上がれなかった、美しいけれど代物しろものである。


『お洒落は我慢』にも、ほどがあるんじゃないだろうか? と言うのは、かんむりを被った記念写真に喜びつつ、抹茶アイスを食べながら、花音かのんちゃんと感想を語ったアホで楽しい思い出である。


「おはようございます。もうすぐ姫君の回復を祝ううたげの日でございますね!」


 そう言いながら、汗衫姿かざみすがたと呼ばれる十二単じゅうにひとえよりもやや軽い、よく似た美しい衣装で内御簾うちみすを上げ、それから二枚格子にまいごうしを開けている乳姉妹ちきょうだいである紫苑に、心の中で喝采を送る。


 この重たい衣装を軽々と着て生活してるなんて凄い!

 裳着もぎを済ませていない自分も、やはり汗衫姿かざみすがたであるが、やっぱり重い。


 一日でいいからパーカーとジャージで過ごしたい。裁縫部で作ってくれないだろうか? 駄目だろうな……。


「あっ……」 


『源氏物語』の一場面を思い出した。


 確か可愛いからと、この格好で少女たちが、庭で雪玉を作らされるのだ。


 冬にこれで雪遊びさせるとか、気をうたがうような、嵩張かさばり具合と重量である。普通に児童虐待じゃないんだろうか? それとも子供の頃から着ていると、自然と体幹が鍛えられて平気なんだろうか?


 夏になれば薄くなって、軽くなるんだろうか?(これは自分の細やかな願い!)


 葵の君は頭の中で、自然と体幹が鍛えられて平気説を、有力候補のひとつに挙げてみたが、一番年かさの女房が、立ち上がる意欲は見せるが、ほぼ膝行しっこうで、膝で歩いて行動しているのを目の隅にとめる。


 気の毒に思いながら、いまの自分の説をランキングから外した。絶対に体にこたえているよね。よく見ると、やはり体力のなさそうな女房ほど、あまり立ち上がりたくないようだ。


 やっぱり、『お洒落は我慢』にも、ほどがあるんじゃないだろうか?

 遠い異世界で、再びそう思いながら、葵の君は紫苑に返事をする。


「晴れがましいうたげは嬉しいけれど、裳着もぎも済ませていない身。粗相そそうがないか、母君もきっとご心配ね……」


 すっかり健康を取り戻したかに見える、葵の君の顔色の良さを、心から喜びながら、紫苑は返事を返す。


「なにをおっしゃいますか! この間、左大臣が帝に姫君の謝礼の手紙を、お持ちになった時のうわさは、上々にございます!」


 他の女房たちも、次々と姫君を褒めそやす。今日も今日とて、愛らしく美しい、自分たちの自慢の姫君であった。


「ひと目見るごとに一日寿命が延びる」と言うのは、別の勤め先の女房に、姫君の美しさを述べたあとの、年かさの女房のいつもの結びの言葉であった。


「左大臣が、お持ちになった姫君のふみの筆の跡(字)を、帝は大層お褒めになったとか!」

「あの気難しいと評判の弘徽殿女御こきでんのにょうごも、素晴らしい手紙の内容に、さすがは左大臣家の姫君と、おっしゃっていたとか!」

「公卿方の間でも近来珍しく、嗜み深く素養のある美しい姫君と評判だとか!」


「…………」


『なぜ知っている?』


 SNSも、なんなら電話すらない時代なのに、女房たちがあまりの速さで、手に入れている情報の多さに、葵の君は驚愕していた。


 *


〈 後書き 〉


 特にチート機能もついてない、なんならチート機能になるはずだった体力もなくなった転生なので、受験を終えて、体力が落ち切った状態から、キツイ部活に入部した入学時を思い出して、ひたすら耐えて頑張る主人公でした。


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