第27話 回りゆく歯車 5

 中務卿なかつかさきょうが大宮を運んでいる頃、“六”は式神を飛ばし、早々にすべての『真白ましろ陰陽師おんみょうじ』を呼び寄せる手はずを整えると、東の対の女房たちにかけられたしゅを解いて回り、東の対全体に、簡単な結界を早急に張り終えていた。


 これでもし『かげ』の残りがいても、迂闊には動けぬはず。


 寝殿の方では相変わらずうたげが盛況だ。どうやらこちらの様子を、外に伝わらぬように細工している者が、まだ存在するようだった。


 それにしてもひとりで探索するには、東の対だけでも広すぎる。


 広大な左大臣のやかたをぐるりと見渡して、ため息をもうひとつ。


 やがて駆けつけた真白の陰陽師の全員で手分けして、東の対の探索を始めた。


 庭を調べていた“弐”の式神が、不審な女房のひとりを発見したが、駆けつけた時には、怪しき女房は、ころもだけを残し消えていた。


 報告を聞いた中務卿なかつかさきょうは、塗籠ぬりごめに残った石の破片と共に、ころもと灰を回収するように伝え、顎に手を当てて考える。


 正体は掴めぬが、大宮から聞いた帝に漂う『陰』と、姫君をおそおうとした『陰』には共通点があった。


 先ほどの『天香桂花てんこうけいかの君』との出会いは、自分らしからぬ迷いごとと、心の奥底に押し込む。集中するべきなのは『沈香じんこう乳香にゅうこう』の薫り。


 恐らく今回出会った怨霊は、帝の側にも忍び込んでいる可能性が高い。しかし、宮中に怨霊が住まえば『真白ましろ陰陽師おんみょうじ』が気づかぬはずはない。


 よって、怨霊の本体はどこか別にあり、今一度、姫君に危険が及ぶのは簡単に予測できた。


「どうしたものか……」


 帝に怨霊が取り憑いていた場合、世の中が大混乱になるのは必至。


 かと言って、この度の一件だけでは、内裏の奥深くまで『怨霊の影』が入り込んでいる決め手となる証拠は、限りなく薄く、密かに怨霊の正体を探り、帝の守りをなによりも優先させるのが当然とはいえ、そうなれば姫君は、今回と同様に、ほぼ無防備になる。


 それだけは避けたい。彼は厄介な目の前の状況に眉をひそめ、帝と葵の君が、同じ怨霊に祟られる共通のつながりを考えていた。


「こちらへどうぞ」


 どうやら起きてきた女房たちに、姫君が指示を出してくれたらしく、ひさしから昼御座ひのおましに案内された。


 やがて東の対を見回っていた、陰陽師おんみょうじたちも帰ってきたが、成果は、はかばかしくなかった。


 薄暗くなっていた部屋の中には、灯りが整えられ、自分や陰陽師おんみょうじたちにも、再び茶と菓子が出される。茶を一口含む。


「とんだ快気祝いのうたげでしたな……」


“壱”がそう言いながら、一番の後輩である“伍”に、文机と料紙、硯箱を借りてくるように命じる。


 前任の“伍”が、去年退職したので、実は“六”よりも“伍”が後輩という、いささかややこしいラインナップであった。


 中務卿なかつかさきょうは、筆で帝の血縁関係を書き出し、彼らに説明して再び検討してみるが、やはり見当がつかない。血のつながりは濃いが、国を背負う帝はさて置いて、幼い姫君を呪う意味が分からなかった。


「………」


 姫君を呪う立場の貴族も思い当たらない。


 現在の東宮候補と見られる二人の皇子のどちらか(前東宮の帝の弟君が亡くなり、現在、東宮の座は空席である)が、東宮に立ったあとに姫君が入内し、どこかしらの貴族の姫君と中宮の座を争う軋轢などがあれば、それも考えられるが、それはあまりにも遠すぎる未来の話である。


 それに、そうだったとしても、それでは現在の帝とは、つながらない。


 いまのところ、東宮に立つのは常識的に考えて、第一皇子がほぼ確定との内裏の雰囲気であるし、突拍子もない話だが、もし、帝が姫君を第二皇子の妃に! などと女御にょうごに口走り、腹を立てた弘徽殿女御こきでんのにょうごが、帝と姫君を狙ったと考えてもみる。


 確かに女御にょうごは自分の敵には、呪詛でも実力行使でも、やりかねない性格ではあるが、同時に葵の君を自分の息子である第一皇子の妃に是非にと願っているのは、つとに有名な話である。


 それに思い込みに近い呪詛と違い、怨霊を操作するのは、己の命を削るほどの覚悟が必要であった。


 そこまでの動機があるかと言えば、動機が弱いし、行動がちぐはぐになる。


 この度のうたげにも、実父である右大臣が出席し、大層な祝いの品を送っているにも関わらず、わざわざ自分からも華やかに目立つ十二単じゅうにひとえを送っていたほどだ。


 お祝い品の披露の間で一番目立っていた。なんなら、帝よりも目立つ勢いであった。


 なにせ、第一皇子に葵の君が入内すれば、自分の実家である右大臣家に加えて、摂関家の嫡流ちゃくりゅうである姫君の実家、左大臣家という強いうしろ盾が、自分の皇子にできる。


 そして、性格にはかなり難があるが、女御にょうごの帝と国家に対する忠誠心が厚いのは確かだ。大変残念ながら対象から除外した。


 帝を守り、姫君も守り抜く。このふたつの両立に、彼と陰陽師おんみょうじたちは協議を重ね、時間だけが刻々と過ぎてゆき、ふと心配になって部屋の隅にいた女房に、葵の君の様子を聞くと、ぐっすりと眠っていると聞いて安心した。


「姫君に何事もなくてよかったですね」

「………」


 そう言う“六”に同意しつつ、他人を気遣うなんて珍しいなと思った中務卿なかつかさきょうだった。


 この男は真白ましろ陰陽師おんみょうじが持つという心眼をもって、『天香桂花てんこうけいかの君』を姫君のうしろに見たのであろうか? それとも常に見ているのであろうか? 真相を聞く気には、なぜかなれなかった。

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