第28話 回りゆく歯車 6

 やがて夜も明けようかという頃、大宮が女房たちに体を支えられながら、なんとか昼御座ひのおましに姿を現した。御簾を挟んで脇息にすがるように、畳の上に腰を降ろす。


 さすがに疲れたのか、まだ姫君はお休みのご様子だった。そんな大宮に中務卿なかつかさきょうは、相談事と持ちかけながら、決定事項を口にする。


「恐れながら姫君を、尚侍ないしのかみとして、出仕させては下さりませぬか?」

「え……?」

「恐らくですが、大宮がご懸念けねんされていた通り、この度の事件と帝の件は、つながっているかと思われます」


 彼のうしろに控えている『真白ましろ陰陽師おんみょうじ』たちも、顔を上げぬまま、ただ同調するかのように、更に深くこうべをたれた。


「今回のような恐るべき出来事にも凛として対峙できる姫君に、帝の側にて怨霊の正体を突き止める手伝いをして頂けると考えます。常に帝に接することが公務である尚侍ないしのかみに、姫君が出仕して頂ければ、大宮のご懸念された疑惑を、解くこともできようかとも思います」

「でも、帝の身辺にも、なにかあるとすれば、そのような危険なところに、葵の君を行かせる訳には参りません……」


 大宮の言い分は至極もっともであり、あれほどの気丈さを持ちながらも、まだ九歳の幼い姫君に、心苦しい話であったが、中務卿なかつかさきょうは言葉を続ける。


「今回の一件も終わった訳ではございません。陰陽師おんみょうじとも協議をした結果、『陰』は姫君にとっても、今後も油断は決してできませぬ」

「………」

尚侍ないしのかみになっていただければ、内裏の警備にあたる蔵人所くろうどどころ六衛府ろくえふをはじめ、中務省なかつかさしょうを預かる自分が、陰陽寮おんみょうりょうを差配して、最大限に姫君をお守りすることができます。しかしながら左大臣家とはいえ、帝を警護する内裏ほどの警備を、毎日敷く訳には残念ながら参らぬと拝察いたします。このままでは姫君の身の安全を確保するのは、難しいと考えた上の話でございます」

「まさか、姫君が再びこのような目に!」


 中務卿なかつかさきょうの言い分は、筋が通っていると思いながらも、大宮は姫君を思い、悲痛な声を上げる。


尚侍ないしのかみの身分であれば、兄君の蔵人少将くろうどのしょうしょうとも仕事柄、なにかと顔を合わせるゆえ、昼の間も姫君は、ご安心できるかと存じます。実質的な事柄はわたくしも差配して、負担のなきように計らいます。どうか姫君の身の安全を第一に考えて、左大臣家としてご決断下さい」


 そう言い残して、中務卿なかつかさきょうが帰ったあとも、大宮は苦悩した。


 もちろん、その数刻ののち、朝の挨拶に東の対にやってきて、大宮から怨霊騒動や、身の安全のために姫君を尚侍ないしのかみに、という話を伝え聞いた父君や兄君もである。


 二人には帰るつもりが怨霊の気配がしたので、東の対に陰陽師おんみょうじを連れて、中務卿なかつかさきょうが立ち寄ってくれたと大宮が話した。


 帝の身に関わる件であれば、本当の理由を知る者が少ない方がよいとの指示である。


(要は、二人は中務卿なかつかさきょうに、あまり信用がなかった。)


「確かに葵の君が尚侍ないしのかみとして出仕すれば、警備上は格段に安心ではあるが……」


 左大臣が、掌中の珠といえる、姫君の身の安全に関わることとはいえ、迷うのは当然であった。


 尚侍ないしのかみは、中務省なかつかさしょうに所属する、摂関家の姫君のために用意されたような、ほぼ名誉職の役職であるから、肩書に不足がある訳ではなかった。


 しかし尚侍ないしのかみには、時として帝が、公然と出現させることができる、もうひとつの立場がある。


 蔵人少将くろうどのしょうしょうが、摂関家の子息の名誉職であるように、摂関家の出身が多い尚侍ないしのかみにも『帝の后妃候補』『帝の后妃』として女御たちと同じ、後宮の后妃的な立場にもなり得る立場。


 人目につくことも多い。屋敷の奥深くで大切に育ててきた姫君が、そのような場に耐えられるか、そこも深く心配する。


 だが一番は姫君の身の安全である。内裏であれば一応はいまのところ、臣下の中で機能している最高位は自分であり、影響力を発揮させようと思えば、できることも多い。


 左大臣は杓をもてあそび、悩んだ末に口を開いた。


「怨霊騒ぎが落ちつきましたら、葵の君を、内裏から下がらせていただけるよう、帝にはお願いしましょう」


 まだ思い悩む大宮に安心して頂けるように、そう声をかけた。


「そのようなことができましょうか?」


「姫君の将来にも差しさわりがございます。怨霊の件は伏せておく方がよいでしょう。中務卿なかつかさきょうにもくれぐれもよそに漏らさぬように口止めをいたします。ご安心ください。わたくしは左大臣にございます。女三宮と葵の君のためならば、どんなことでも押し通します」

「お願いいたします」


 初めて見るような厳しい顔つきで、大宮にそう誓った左大臣は、朝の支度を整えると、なにやら手紙をしたため、早馬の手配をさせてから内裏に出仕した。



『本編とはなんの関係もない小話』


 左大臣家から陰陽寮に帰ってきた、真白の陰陽師たち。

 バタバタと仕事をした後、帰り際に“六”に、隠しているものを出せと言われた、なにか包みを手にしている“伍”


伍「誰も手をつけていなかったので、持って帰ってもいいかなと! 勿体ないですし!」部屋の隅にあった、茶わん蒸しの器みたいなものに入っている手つかずの蜂蜜プリン4個。(菓子は超貴重品な上に、見たこともない菓子でついもらってきた。)

六「卑しい……」一個は、元々は自分の分とか思って、首根っこを掴んでいる。

弐「6人いて、4個ある。あとは分かるな?」後輩をおどしている。

壱「わたしはいいから、くじ引きで決めなさい……」ため息。

伍「おいしかったな――」幾らでも食べたいと思いながら、陰陽寮の隅で器を洗っているのでした。

六「……」ハズレの上、器を返しに行っているのでした。

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