第149話 追走曲 16
「ご無事か!!」
そう言いながら駆け寄ってくる第一皇子の姿に、光る君の目は潤んだ。第一皇子は邪魔ではあるが、美しいお顔であると今更ながらに思う。
「一瞬、お姿を見かけた時は、胸が潰れるほどに心配いたしました」
「あの……」
しかしながら、当然のことながら、朱雀の君の視線は、光る君の横、葵の君の上にあった。
「渡殿を通り抜ける
「……」
葵の君は自分の左手を両手で握って(右手は光る君を引っ張っていた。)真剣な眼差しで、自分を見つめている朱雀の君にとまどっていた。
やはり帝の血脈というのは、この世界では神聖で、この異常事態にも光る君と同じく、帝の皇子である第一皇子には影響していないようだ。この分だと
大内裏の
「ほら、第一皇子もご無事でございます。第二皇子にも、なんの差しさわりもございません。お二人は神聖な存在、わたくしにほんの少し、
「ほんとに?」
「姫君のお言葉で、空から藤の
「え、えっと……多分、はい……」
こんな性格だっけ? かなりしっかりした様子の第一皇子に、葵の君は再びとまどう。
彼がここまで性格が変わったのは、実のところ、葵の君の魂が入れ替わったきっかけである病のために、後宮を出て大和国への道中で、実感として民草の苦しみを理解し、下らぬ派閥の競りあいよりも、国や民のために、自分になにができるかと考える日々を送っていたからである。
そんな訳で、第一皇子である朱雀の君は、あまり周囲には理解されないながらも、元の物語よりも堅実で、
彼には葵の君が民を思い、さまざまなおこないをしているといううわさは、かねがね右大臣を通して耳に入っており、出仕前から大いに好感を持っていた上に、昨夜の
「さあ、参りましょう!! 光る君もご一緒に!!」
「あ、はい……」
光る君は「御息所」と心の中で三回唱えてから、自分の宝物である筆を、慌てて箱ごと懐にしまうと、ふたりのあとについて
光る君は途中、先頭に立つ
こうなっては、桐壷に置いてゆかれても、自分で猿と戦う羽目になりそうだ。そんなことは絶対に無理だと彼は思った。
切り捨てられた猿は、黒い墨のような染みを残して一瞬にして消えてゆく。第一皇子はうしろに続きながら、「やはり
〈
「葵の君は、桐壷には、いらっしゃいません!」
庭から上がった“六”が、桐壷をのぞいて叫んだのは、彼女たちが姿を消したあとだった。
「まだ先か……」
この先は殿舎も多い。
それは葵の君が
「ゆく先は
「はっ!」
庭から聞こえた大声に反応して“六”は渡殿に出る。うしろから聞こえてきた足音に顔を向けると、走ってくる
「だ、第一皇子を見かけませんでしたか?!」
「恐らく
葵の君の姿がよぎった渡殿の途中には、第一皇子が暮らす
「
「庭から行くとおっしゃっていました」
「ああ、その方が近いか……」
槍があるから……そう言っていいのかどうか、走りながら考える“六”だった。
アレを持ち出したのは、
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