第150話 追走曲 17

〈 葵の君の一行 〉


 三人は、ようやく飛香舎ひぎょうしゃにたどりついたが、桐でできた妻戸は固く閉ざされ、格子もすべて降ろされている。


「閉まっている……」

「それは当然ですよ、いまは誰も住んでないから……」


 不気味な煙が飛香舎ひぎょうしゃの格子と、入り口を閉じている隙間から漏れていた。


「庭に回って……わっ!!」


 光る君は、なにも分からないなりに、常識的にそう言ってみたが、尚侍ないしのかみは、こともあろうか、妻戸に体当たりして無理やり開けようとしている。


「開かない!」

「わたくしがご一緒に! 今一度、挑戦いたしましょう!」


 少しして尚侍ないしのかみは、協力を申し出た第一皇子と共に、今度は二人で息を合わせて、妻戸に体当たりすると扉を打ち破っていた。


「~~~~」


『逃げよう! やっぱり怨霊が取り憑いているんだ!』


 光る君はそう思い、くるりとうしろを向くと、丁度、人影が近づいてくるのが見えた。それは“六”と、数珠を手にした蔵人所くろうどどころの別当の姿。


尚侍ないしのかみが乱心しておる! 早く捕まえよ!」


 そう言ってから、やってきた人影のうしろに隠れると、尚侍ないしのかみの声が聞こえる。


「第二皇子を確保して下さい! この騒ぎの最後の切り札です!」

「わかりました!」

「えっ……?! わっ!」


 光る君は、あっという間に別当に、軽々と持ち上げられて、気がつけば彼と“六”と一緒に、煙の立ち込める飛香舎ひぎょうしゃの中にいた。

 別当がやってきたのは、第一皇子の安全確保が最大の目的なので“騒ぎの切り札”と聞いて、とりあえず第二皇子を確保したのであった。


「なんだこれは……」


“六”は絶句する。


 飛香舎ひぎょうしゃの中には一本の大きな藤の木が生えていた。天井は消え、藤の蔓は遥か空高く、見えないところまで伸びている。


 藤の花は狂ったように咲き乱れ、花弁はなびらと一緒に空に広がって振り落ちているのが、例の空から落ちる文字のようであった。


 藤のつるが異変を察したのか、葵の君に向かって巻きつくように伸びてきたが、彼女が素早く“光る君”のうしろに隠れると、蔓は動きを止める。藤の木の根元には、ぽっかりと大きな穴が開いて、淡い光が漏れているのが見えた。


 葵の君は皇子を連れて、穴に駆け寄ると中をのぞき込む。


「姫君、これは一体どういうことですか?」

「あとで説明します。でも、第二皇子の側にいれば、攻撃されることはないので、皇子は絶対に確保していて下さい」


「姫君?!」

「あとで合図します! 合図があったらわたしを引き上げて!」


 葵の君は“六”にそう言い、御神刀ごしんとうを第一皇子に預けると、ぽっかりと開いた穴の中に、なにか分かったような顔で姿を消した。“六”も穴をのぞいてみるが、彼にはなにも見えなかった。


 その頃、庭に沸く猿を、なんとか始末した中務卿なかつかさきょうが、槍を立てかけて飛香舎ひぎょうしゃに入ってきた。別当に教えられ葵の君が消えた穴をのぞき、やはりなにも見えず姫君の名前を大きく叫ぶ。


「葵の君!!」


 彼がそう叫びながら穴を凝視していると、薄らと、こちらに向かって手を伸ばしている姫君の姿が見え、ほっとしたのもつかの間、地割れのような音が響き、穴は姫君を底に残して、じょじょに深くなっていった。


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