第46話 輪舞 4 

『失礼な男!』


 紫苑はそう思ったが、国中で最も優れた陰陽師おんみょうじのひとりである彼に祟られて、かえるにされるのも嫌なので、なにか仕返しができないか? そう思い、軽い気持ちで小耳に挟んでいたうわさを口にする。


貴方あなたも気をつけてくださいね、女童めわらの失踪事件、検非違使けびいしなんて、な――んにも分かってないんですから」

「……どうしてそう思ったの? あと、どこでそれを聞いたの?」

「いった……! み、みんな、知ってますよ?」


 いきなり掴まれた肩が痛い。


 急に飛び出した『例の事件』の話に、無表情な“六”の水色の瞳の中で、瞳孔だけが驚きを示すかのように微かに収縮している。


「みんなって、誰のことかな?」


 ちょっとビックリさせようと思っただけなのに……。


 紫苑は言うんじゃなかったと思いながら、絶対に内緒ですよと念押しすると、貴族の女主人の“側仕え”といった、くらいの高い女房たちの間には、“甘葛あまかずらの会”と呼ばれる、少数の選ばれた女房だけが所属できる、信頼性の高い情報網が存在することを、コッソリ教えてあげた。


「子供に内緒話をするとこうなる」そんな見本のような紫苑の行動である。


 裳着もぎを済ませて見習いを卒業したので、晴れて新会員になれたと、少し自慢げにつけ加えた。


 葵の君が知れば、「なんなのそれ? フリーメイソンかなにかなの?!」と、自分の情報が駄々洩だだもれていることに興然としたあと、パニックになること間違いなしの会であった。


「わたしが言ったって、絶対内緒ですよ?」


 紫苑は“六”の耳元で声をひそめると、事件の被害者であった女童めわらたちの情報が少ないのは、彼女たちが女主人から頼まれた“用事”が、人に知られてはいけない『女主人が秘密にしたいこと』ばかりだったらしいと彼に教えた。


「………」


“六”が陰陽寮おんみょうりょうから派遣されて、“怨霊おんりょうたたりの気配なし”との判断を下したあと、検非違使けびいしたちが、どこに聞いても、どの屋敷からも、ただの普段の使いで、思い当たることは、なにもないと返事が返ってきたのは、どうやら女主人に秘密の“用事”を、彼女たちは頼まれていたかららしい。


 可哀そうな被害者より、己の身の保身か? 反吐へどが出る。“六”は無表情なまま、そう思った。


「内容までは知りませんよ? わたし、入会したてだし、本当は他に漏らしちゃいけないんで……わっ!」


 紫苑は“六”が、ようやく肩から手を放してくれたと思ったら、今度はブツブツとしゅを唱え出したのを見て、部屋から逃げ出そうとするが、一足遅かった。


 彼女は気がつくと、庭に面した高欄こうらん(寝殿の周りにある手すり)を超えて庭の上で、紐のない“てるてる坊主”のように、空中に吊り下げられていた。


 見下ろした庭までの高さは結構ある上に、だんだん空高く上がっているような……。気がつけば、自分よりも背が高いはずの“六”を見下ろしていた。落ちたら痛いじゃすまない。


『ちょっと待って! この下は池なのに! 凍っているのに! やっぱりこの人は悪人ね!!』


 紫苑は彼を、一瞬でも友達と思ったことを、涙目で反省した。


「でも、被害者が可哀そうだと思ったから、僕に教えてくれたんでしょ?」

「ま、まあ、それはそうですけれど……」

「じゃあ、その“秘密の用事”って、調べてもらえるよね?」


 頼みごとじゃなくて、「脅迫されている」紫苑はそう思った。


“六”をよく知っている人間であれば、頼む前に、松の木にでも逆さ吊りにして、白状させる性格なので、随分と対応が優しいと思っただろうが、そんなことは紫苑の知ったことではなかった。


「多分、な、何日か待ってもらえれば!」


“人間てるてる坊主”の紫苑は、落ちるのが怖すぎて、目をギュッと瞑ったまま、慌ててそう言った。


 すると“六”は再びしゅを唱え、彼女を元通り部屋の中に、優しくそっと降ろす。


 ちょっとビックリさせようと思っただけ、なんて言えない雰囲気に、紫苑は“口は災いの元”姫君が教えて下さった言葉を、今頃、思い出していた。


「なにか分かったら“ふーちゃん”に、僕を呼んでと言って、それから……」

「あ、そういえば、『姫君』の髪の様子を見に行かなきゃ! 早く行かなきゃ!!」


 床の上に降ろされた紫苑は、安堵と怒りのあまり、かえるにされる恐怖も忘れ、有能な陰陽師おんみょうじの言葉をさえぎると、犬を追い払うように、しっしと手を振り、慣れない十二単じゅうにひとえすそを、必死でさばきながら、逃げるように姫君の部屋に走る。


 さすがの“六”も姫君の部屋までは、追いかけてこないと思ったからだ。


 *


『本編とはなんの関係もない小話/突然変異蜜柑2』


 典薬寮の研究栽培用の畑に、突然変異蜜柑の種を植えている“四”


四「どれどれ……もう少し、間を開けて植えた方がいいかなぁ……」呪をかけているせいか、順調に大きくなっている。


 典薬寮の役人「あの、ここはウチの研究栽培用の畑と、何回言えば…」陰陽寮に苦情を言ってもスルーされている。


四「虫よけの御札を特別に無料でお分けしてもよろしいですよ?」純粋な笑顔。


 典薬寮の役人「……そういうことでしたら……」冬なのに、なぜか虫が多くて困っていた。


弐「え? 今日から、典薬寮に虫を撒くのは中止?」夜中にコッソリ虫を撒いていた。(蜜柑は虫よけ済み。)

四「もう大丈夫です」


伍「腹黒い……」

壱「ああいうのは、見習わないように……」


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