第198話 収まらぬ火の粉 5
三の君は、しばらく固まっていたが、実は頭の中には、
『格段に美しい……』
実は三の君は、とにかく美しいお顔の男君が大好きだった。彼と
姉君がきっかけとはいえ、やがてひっそりと(いまは大騒動だけれど)した右大臣家の自分の元に、
先ほどまでの悲しみも、体調の悪さもどこへやら、三の君は、そんな妄想に頬を染める。姉たち同様に、平安貴族の姫君の一番のお楽しみ、「恋のやり取り」もできぬままに、父君に夫を決められていた三の君は『わたくし、字の美しさには、かなり自信が……いつか有名な書家が、美しさで有名な葵の上の筆の跡と、わたくしの筆の跡は、まるで
「姉君……?」
「待ちの一手と言うのも……芸がないわね……」
「姉君?」
不審そうな顔の五の君の声にも気がつかず、先ほどの姉君、
それを案じた自分が先に『謝罪の
三の君は生まれて初めて訪れた平安女子の最大の楽しみ『恋文のやり取り』の最初で最後であろう機会と、
「母君、姉君のご様子がおかしいです……」
「あら、また疲れが出たのかしら? 三の君は早く布団に入りなさいね。五の君は三の君の分まで、頑張りなさい」
「ええぇ――」
そう言って母君は、忙しい忙しいと言いながら姿を消した。右大臣家は、どこもかしこも大騒ぎであった。
そんな大騒ぎも知らない帝は、相変わらずなにも知らず深い眠りについていて、
四の君がキッチリとした形で、摂関家に連なる北の方として迎えられる。慌ただしい中にもそんな朗報を聞いた右大臣的にも、もはや
そんな訳で帝の意識もなく、東宮もいない右大臣のやかたで、唯一、
孤立無援の
あとでその『世にも恐ろしい話』を聞いた葵の上は、夕顔は絶対に兄君に関わらせてはいけないと、再び心に固く誓ったものである。
そんな哀れな
彼の訪れを耳打ちされた右大臣は、急に血相を変えて車止めまで足を運ぶ。帝が大いに重く扱っていた北山の
*
〈 その頃の
大内裏にある検非違使所とは違い、内裏内にあった
「は、は、は……はっくしゅん!」
「まあまあ、どうかなさったの?!」
「大丈夫です……姉君にはお気遣いはありがたいのですが、こちらは
先帝の女御であった姉君は、弟君が心配でしかたがないのにと思い、不満げな顔で唇を尖らせながらしぶしぶ母屋に戻って、あちらこちらからくる見舞いの
「なにかしら? どなたからかしら? お見舞いの
それは弟君にあてて届けられた、どこから見ても非の打ちどころがなく美しい、かなりの身分と思われる姫君からの
素早く女房の手から奪い取ると、陽の光に透かせて、なんとか中身を見ようと、姉君は必死になっていたので、その隙に呆れた顔の弟君が、コッソリ出掛けたことには気づかなかった。
こんな前に出過ぎる自分の気遣いという名の過干渉が、弟君を縁遠くしている原因のひとつだとは、姉君は、まったく気づいてはいなかった。
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