第208話 現代奇譚/クロスオーバーする青春/5
〈
「あら、今年もこんな
当然の顔をして、幼馴染の朱雀君の理事室に出入りしている
例の京男と朱雀君の父親が、季節の度に開催している華道展と、前日に行われるホテルでのレセプションの招待状。
「もういいかげん無視したらどう? こんな、なんにも父親らしいこともしたことがない男……」
「……それでも父親にはかわりないから。根は悪い人じゃないし、この間は僕もこの人も言い過ぎたこともあったから、水に流したいんだろう」
「あんたは、ええ子やね……」
「……そうでもないさ」
「あの、相談を受けた女子大生が喜ぶプレゼントやけど、やっぱり女の子は新しい着物とか、帯とか、
「……それは
「……それならどこかデートにでも、あ、水族館でも誘ったらどう? 相手が誰か知らへんけど外れはないと思うわ、思い切って誘ったら? ああ、そういえば、海遊館やったら横に大きな観覧車があって……わたし、彼ができたら水族館でデートして、それからきっと観覧車に乗って、肩を寄せ合って遠くをながめるって決めているの!」
「そう……」
やっぱり最後は自分の夢を語り出した
なお、
そんな訳で前世の記憶のない朱雀の君こと、
そんな
朱雀はほっとして、残りの仕事を片づけていると、すっかり遅くなったので、奥の仮眠室で眠ってから翌朝忘れ物を取りに部室に寄って、自分のデスクの椅子になんとなく腰かけ、ふと、昨日聞いた『天保山の観覧車』と、ノーパソで検索してサイトを見ていると、丁度、なにも知らずにやってきた副部長が、勝手にうしろからのぞきこんで大声で言った。
「それ、僕も知ってます! 乗ったカップルが絶対に別れるっちゅー“いわくつき”の観覧車ですわ!」
「そう……」
朱雀がこめかみを押さえながら、今度、
ため息をついてしまったが、無視する訳にもいかないので出てみると、
「
「……そうだけど?」
元、
『あまりに地味で質素過ぎて気づかなかった!』
でも、気がついてみれば、彼女の瞳は、『葵の上』と同じ、まっすぐで誰もが引き込まれるような、素直で強い光に満ちていたし、透き通るような声も同じであることを思い出す。
「……任せて! そのデートのセッティング!」
「え……?」
「今度こそ頑張るのよ!」
「え? 今度こそって……なに? ちょっと、ちょっと待っ……!」
嫌な予感と疑問しかしない朱雀君を置き去りに、彼がなにかを言おうとする前に通話を一方的に切った
「日当8万円?! 食事、交通費支給?! 宿泊無料?! それ詐欺じゃないの?!」
「
「絶対行く! 行きますって、すぐ伝えておいて! わたしの連絡先も!」
授業もちゃんときっちり出席しているから、三日位大丈夫だし、丁度、大会も終わって、休みは比較的取りやすいし、行こうと思っていた引っ越し屋さんのバイトより余程割もいい。
キツイと言ったって救急車で運ばれた地獄の夏合宿に比べれば、大丈夫だろう! 葵は教えてもらった
「こういう時は裏口から入るのがいいよね……」
渋い顔の監督に、人生と生活がかかっていると拝み倒して、三日の休みをもらった葵は、あの時の
「あの――東山と言いますが、
「ああ、
ひょっとして、引っ越し屋さんよりキツイバイトなのかな? 蔵の中身でも動かすのかな? めっちゃ歴史ありそうだし。
そう思いながら料亭の隣にある、まさに『京都の由緒正しいお屋敷』に案内されて、奥に長い通路を歩いて行くと、ごく奥まった綺麗な坪庭のある部屋のふすまの前で、ふいに仲居さんがすっと座り、中に遠慮がちに声をかける。
「お嬢さん、お友達がお越しです」
母屋にいる時は、みんなは
『似合う!』
葵は思った。
「ああ、忙しい時間にありがとう。はよ(早く)中に入ってもらって」
なんだか場違いなところにきてしまったような……葵がそんなことを思っていると、中から鈴のように綺麗な
ここで成人式の着物屋さんの展示会でもあるんだろうか?
何枚もの綺麗な振袖が
『よく分かんないけど、帰った方がいいような気がする……』
葵がそう思い、あとずさりしようとしたその時、タイミングを計ったように、背後のふすまが音もなく閉まった。
「可愛いらしいお嬢さんやないの。まるで市松さん、お人形さんみたいやわ」
おばあさんは言った。
「…………」
『ウソつけ……』
カッコいいとかイケメンとかは、何度も言われたことはあるけど、『お人形さん』なんて生まれて初めて言われた葵は、これは京都人のイヤミ? などと卑屈にそう思い、ひょっとしたら高い着物をローンで買わされたり……なんて考えて、ついつい疑り深い目つきで、上品なおばあさんを見ていたが、
もし着物を売りつけるなら間違いなく『令和の相場師』
だって、京都で一番のお嬢様の
その証拠に
はじめて見た葵は知らなかったが、これは“幻の洋梨”そう呼ばれる特別なル・レクチェで、まだ時期には早いのに、特別に板長に用意してもらった最高級品だった。
「わぁ……」
「果物が好きやって聞いたから」
「そうなんです! ありがとうございます!」
おいしいけれど、これなんて言う果物なんだろう? 西洋梨っぽいから栄養的にはそんな感じなのかな? 見たこともない洋梨が輝いてる。お茶は玉露だよね。
そんなことを考えながら、ニコニコと果物を食べている『葵の上』の甘い考えをよそに、その姿をさりげなく観察していた
『今生では無視を決め込んでいたけれど、あのバカ、千年以上たってもバカのまんま!!』
「あの、
「え? あら? あらあら、仕事のことをちょっと考え込んでしまって……わたしもル・レクチェをいただきます……」
「これは、ル・レクチェ……」
あとからそっと差し出された綺麗な便せんには、品種の下に、100g中のカロリー、FCバランス、成分値が記載されている。
「これは?」
「もう知ってはるかも分からへんけど、東山さん、そういうの調べるのが大好きやって、神道さんに聞いたから」
「あ、ありがとうございます!!」
葵は、
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