第71話 裳着と宴 2
〈 左大臣家/東の対 〉
『眩しくて目が潰れそう!!』
自分の“正調十二単”といえる、
女房たちは心得顔で大宮の差配にしたがい、姫君に化粧を施すと手慣れた様子で、姫君に
紅色の
一番上の
下の生地には極薄い
表地は紅梅色の生絹。こちらには、白の刺繍糸の小葵模様の両面刺繍、返した色の部分は、差し色として
なにより目を引くのは、
「姫君が月に帰ってしまわないかと心配になります」
紫苑が思わず、かぐや姫を想像して言葉を漏らし、周囲はもっともだとうなずいていた。
葵の君が一生懸命に説明をしていた『オーガンジーと総レースの和洋折衷の打掛姿』は、母君と国内でも最高峰の左大臣家の裁縫部のみんなの努力が結集し、平安の世に『
ウェディングドレスの長いトレーンのように、うしろに長く広がる『
高雅な感性を持つ母君が仕立てられた、誰も見たことのない、天女の衣のように(見た目が)軽やかで、それでいて豪奢な
摂関家とはいえ、さすがに内親王でもない、葵の君の頭上に
誰も見たことがなかった、逆さになったティアラのように豪奢な髪飾りが、華麗に彼女のうしろ姿を引き立てている。
「どうですか? どこかおかしくないですか?」
ひかえめに
「大丈夫、
初めての化粧と
葵の君は
母屋と寝殿では、すでに
葵の君は鏡に向かって両手をあわせる。そこに映るのは、いまの自分であり、元の葵の君が、そうなったであろう顔。
ひとり、心の中で、元の葵の君に挨拶を済ませた。
やがて儀式ははじまり、先導の女房にみちびかれ、
腰に下がった飾り太刀は、紫黒色の鮫革の
腰に結ばれた
もちろん父君の感想など知ったことではない、その日の
『眩しくて目が潰れそう! 超カッコイイ!』
葵の君が
関白と左大臣が、葵の君の左右にある畳に腰をかけ、母君である大宮が葵の君の前につき添う。儀式にのっとり極暗い灯りだけの大広間の
大宮が葵の君の前で、
『まあ本当に、実は二十歳なんだけどね!』
そんな葵の君の内心はいざ知らず、周囲の大人たちは、いつかは“日の元に舞い降りた輝ける内親王”と呼ばれた母君を凌駕する、そんな予感を、無事に裳着の儀式を終えた姫君に抱く。
側にずらりと控えていた女房たちからも、一斉に祝いの言葉がかけられ、年老いて立ち上がれない女房と紫苑は、相変わらず姫君を拝んでいたし、父君である左大臣は感涙の余り、袖を涙で濡らしていた。
うっすらと化粧を施された姫君は、ほんの数か月前、日が沈んだ京の街で息を切らせて走り、自分が救い上げた日が、遥か遠い昔にでもなったように、とても十歳とは思えぬほど、大人びた美しさを持ち合わせていた。
いつの日か姫君と、
「姫君の先々を思えば、心配も多いことですが……」
怨霊のこと、帝のこと、
「申し訳ありません、仕立てて頂いている間に、どんどん背が伸びてしまい……」
「まあ、そんなことを言っているのではありません」
母君は困った顔でたしなめながらも、あえて場を和ますために、そんな発言をした姫君に笑顔を見せる。
「姫君が無事に大きくなられるのは、
葵の君は、それだけでも満足した。(前回の件は水に流してもらえた様子! セーフ!)
葵の君は、『大人っぽくなった』と『大きくなった』を混同して、これからも毎日牛乳を飲もうと思っていた。(お祝いに牛ももらったし!)
儀式を無事に終え、慣例により摂関家の当主である関白と姫君、そして
広々とした広間の御簾内に、灯りがひとつ、人影がみっつ。
本来であれば、当主と姫君が後見人に対して、礼を述べ、盃を交わす、そんな儀礼的な時間は、姫君が持ち出した話によって、思いもかけない展開となった。
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