第24話 回りゆく歯車 2

 葵の君の前から姿を消した“六”は、捕まえた『かげ』の“しっぽ”をたどり、部屋を出ると西側を向いて、そろそろと歩いてゆく。


 目の前には塗籠ぬりごめ。入り口からのぞきこんだ塗籠ぬりごめの中は、ほとんど空になっている棚と、小さな女童めわらがひとり。


 一瞬、女童めわらが『かげ』の元である怨霊かと身構えたがどうやら違うようだ。ため息をひとつ。


「なにかご用ですか? もう休んでよいと大宮が、おっしゃっていましたよ?」


“六”の気配に気づき、そう言いながら恥ずかし気に隠した女童めわらの口元には、小さな食べ物の欠片。


 壁で周りから見えぬ塗籠ぬりごめで、隠れて菓子でも食べていたらしい。(実際それは“プリン”を食べている紫苑だった。)


 迷信や占いが絡みあい、呪詛や本物の怨霊まで飛び交うこの時代には、自称『霊感体質』は沢山いるが、彼女に関して言えば『鈍感力』といってよいほどに、なにも感じない体質のようだ。


 なぜならば、これほど瘴気が渦巻く場所は、気づかないまでも、常人でさえ気分が悪くなりそうな空気であったから。


 彼女が持ち込んだらしき、ロウソクの灯り以外は、薄暗い夜が支配する中で、彼女は“六”のことを同じ使用人の誰かと、勘違いしているようだった。


「この塗籠に変わったことはない?」


“六”は、彼女を驚かさないように、なるべく静かに声をかける。そしてそのあとすぐに、小声で九字を切り出した。


かげ』は“六”に気づいたのか、もう気配を隠す気もなくなったようだ。果たして間に合うかどうか……。


「え? 今日は、ここにある宝物は、ほとんど北の対や寝殿に持って行って……あれ? あの石の枕……」


 紫苑が部屋の隅に見つけたのは、以前、姫君が頭にタンコブを作って、文字通り自分が『お蔵入り』させるべく、対屋の外れにある蔵まで持って行ったはずの『石の枕』だった。


「あれ? いつの間に……」

「やめなさい!!」


 紫苑が手を伸ばして、触れようとしたその時、『石の枕』からは、鈍い緑色の光と、不気味な煙が立ち込め、触手のように実体化した『かげ』が、勢いよく沸き出し始める。


 いきなり塗籠ぬりごめの床が、奈落に落ちる穴のように黒く抜け落ちると、建物が塗籠ぬりごめを中心に揺らぎ出す。


「こちらへ!!」


“六”は立ちすくんでいる女童めわらを素早く抱き寄せる。彼女を包み込もうとする石から伸びる触手は、彼が九字を切って創り出した、格子状の光の壁にゆく手を阻まれて、悔しそうな声を上げていた。


『……ヨコセ……姫ヲヨコセ…………』


 触手は呪詛の言葉を吐きながら、“六”の創り出した光の壁を突破しようと、何度も何度も体当たりを繰り返す。


 近づく怨嗟の声が、どんどん大きくなるのと同じくして、光の壁は小さく割れ始め、“六”の顔にわずかに焦りが浮かんだ。


 自分だけなら、まだ攻撃のしようもあるが、そのために腕の中の女童めわらを、奈落に捨てる訳にもゆかぬ。そんな時“六”のすぐうしろから、聞き慣れた中務卿なかつかさきょうの声が聞こえる。


「下がれ!!」


 彼の手元には、御神刀ごしんとうといわれている、例の長すぎる枕刀。


『助かった!』


 だが、彼のそんな思いを裏切るように、中務卿なかつかさきょうが抜こうとした刀は、鞘から抜くことができなかった。


「!!!」


“六”は唖然とする。


『軍事貴族』と言う言葉が、蔑称にもなるくらい、軍事・警察部門に携わるのは武士の仕事と、儀式や狩りの主役である弓などを除き、その分野に秀でることは、貴族社会では褒められたことではなかったが、彼が専門職である武士以上の、卓越した技量を持ち合わせているのを知っていたから。


 そんな彼が剣を抜けないなど、ありえなかった。が、“六”は、それを見て、御神刀ごしんとうが本物だということを確信し、女童めわら中務卿なかつかさきょうに投げて、自分でなんとかしようとする。


 どうやら御神刀ごしんとうが、選ばれた者しか扱えないという話は、本当だったらしい。


 女童めわらを投げようとした瞬間、うしろからひょっこりと顔を出した姫君が見え、中務卿なかつかさきょうを手伝うように刀に手を添えた途端、刀は虹色の光を放ち、刀身が鞘から抜けたのを見て息を飲んだ。


『薬師如来の具現』



『本編とたぶん関係ない小話/典薬寮のアンテナショップ編』


伍「ここがうわさの……」

弐「閉店ギリギリにくると、安いしオマケをくれる……」品物を物色中。

伍「あっ! なにをしているんですか?!」

弐「えっ? 試食、もぐもぐ……」試食と間違えて、はかり売りの蘇を、口にポコポコ入れている。

伍「……先輩は何歳ですか?」“弐”のお財布だけで、支払えなかったので、“伍”まで立て替えさせられた。

弐「19歳、もぐもぐ……」

伍「分別盛りじゃないですか!!」13歳。


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