第23話 回りゆく歯車 1

「秋の除目は大荒れとうかがいました。春の除目は、なんとかなりそうですか?」


 大宮は困ったものだと顔を曇らせながら、歌をおっくうに思う彼に、世間話でもと、政治の話を振ってみる。


「ご存じでしたか」


 この分だと、帝を含んだ内裏の混乱や、地方の飢饉もご承知だろう。きっと左大臣がペラペラ話しているに違いない。


 彼は想像しただけだったが、大当たりであった。


「ご心配をおかけいたします」


 かと言って、機密事項を自分から話す訳にもゆかず、言葉少なく返事をする。


「今年は中務卿なかつかさきょうのご活躍で乗り切ったと、うかがっておりますが、来年も心配でございますね」


 隣に座っている姫君は、なんのことかと母君を見上げていたが、さもありなん。


 自分に合わせてくださるのは結構だが、まだ裳着も済ませていない幼い姫君に、興味の出るような話でも、理解できる話でもないだろう。


 中務卿なかつかさきょうは、話を変えようと思い、手元にある桐の箱を思い出した。


「ひとえに臣下の不甲斐なさにございます。それはさておき、ささやかながら本日は、姫君に祝いの品をお持ちいたしました」


 彼はそう言い、葵の君にニッコリと(これも部下が知ったらビックリの笑顔だ)笑い、姫君に体を向け直して、箱をそっと御簾の中に差し入れた。


 嬉し気な姫君は、箱を開けたそうに、自分の顔と母君の顔を、交互に見ていらっしゃったが、根負けした大宮は苦笑すると、「箱を開けてよいか、おうかがいなさい」そうおっしゃった。


「開けてもよろしいですか?」

「わたくしがお開けいたしましょう」


 可愛らしい透き通った声に、再びほほえんだ中務卿なかつかさきょうは、今一度、箱を引き取って、組紐で綺麗に飾り結びをされた、長細い桐の箱を開ける。


「わぁ……」


 姫君は蓋が開き、包まれていた布から出てきた『中身』に感動の声を上げて、嬉しそうに目を見張る。


「姫君の枕刀まくらがたなにと、お持ちいたしました」

枕刀まくらがたな……?」


 それは一見『飾り太刀/儀礼用の長剣』のようであった。


 葵の君は、母君の枕元にある、枕刀まくらがたなを思い出してみる。なんとなくだけど、もっと小さいイメージが……。


 これこの間、正装している父君が腰につけていた飾り太刀くらい長さがあるよね? 太刀(60cm以上のいわゆる日本刀)くらい長いよ! しかも、真っすぐな直刀!


 凄いな――、小さい頃に通っていた合氣道の道場で『剣/木刀』を使う稽古もあったから『My木刀』は持っていたけど、これ自分で抜刀できるかな? まだ体が小さいし……。


『My剣』なんて! さすが平安上流貴族社会!


 葵の君は、かなり変わった贈物なのに気づかず、快気祝いだから奮発してもらったのだと、ワクワクした表情で、両手を御簾の下から伸ばそうとしていた。


「まあまあ……」


 てっきり幼い姫君の好むような品だと思い込んでいた母君は、目を丸くして驚いていたが、残念なことに中務卿なかつかさきょうが思いついたのは、ひょんなことで手に入れた、長過ぎる枕刀まくらがたなだった。


 大は小を兼ねると言う言葉を、彼が知っているのかは不明だが、彼はそういう考えや、あれやこれやで、この刀をチョイスしていた。


 大切にして欲しい“御神刀ごしんとう”であると言われ、去年の遠征時に、止むを得ず引き取ったが、自分の好みではないので、抜きもせず蔵に収めていた品である。


“六”も刀の神聖な力は、本物だと保証したので持参していた。


 一応、陰陽師おんみょうじの保証もついているし、キラキラした宝玉の飾りや、凝った金細工の『拵/こしらえ』は、姫君にも喜んでもらえるかと、彼は本気で考えたのだ。


 大概のことは、良い方に取る大宮からしても、彼は少しばかり常識とズレた男であった。


「葵の君……」


 危ないから触れぬようにと、母君が言おうとした矢先、部屋の西側から、なにやら不穏な声が聞こえる。


***


『本編とはなんの関係もない小話』


葵「わあ、ふたり共かっこいいですね!」腰に飾り太刀を差した正装。

左「そう?」嬉しそう。

兄「そう?」チャリーンとポーズを決めて、刀を抜いている。

葵「わあって、兄君その太刀は……」竹光だった。

左「重たいし、別に抜く用事もないからね――」笑いながら葵の君を、よしよしして出仕。

葵「……」なんとも言えない、裏切られたような気持ち。


 本物は重たいから、儀礼用の刀は刀身は竹とかも割合あったそうです。


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