第224話 祓い 5

 煤竹法師すすたけほうしは走り回っていた『三毒さんどく』と、やかたを覆っていた異変が、尚侍ないしのかみが現れると同時に薄れてゆくのを見ながら、それがあの尚侍ないしのかみのために、どこかの陰陽師のしくんだ『茶番劇』だということを、手に取るように理解していたが、そんなこととは知らない公卿たちは、尚侍ないしのかみの姿にひたすら感動し、失礼にならぬよう、小声で言葉を交わしていた。


「なにやら尚侍ないしのかみの髪が、酷く短いような……」

「この度の大火で、龍神を呼び出す代わりに、供物としてささげられたそうですよ。それを伝え聞いた東宮も、かの有名な名な二管で一対の龍笛りゅうてき能管のうかん四君子しくんし』を龍神に奉納されるとか……」

「あの『四君子しくんし』を!」

「そういえば、第二皇子はいかがなされた?」

「はてさて……京から少し離れた桐壷御息所きりつぼのみやすどころの御実家では?」


 この時、第二皇子こと、光る君は、なんとか女房が持ち出した、数少ない母君の形見のひとつであるころもを抱きしめて、二条院で寝込んでいたが、皆知るよしもなかった。


 そんなうわさ話に、周囲がやや騒がしくなってきた頃、煤竹法師すすたけほうしは、桐壷御息所きりつぼのみやすどころが生前受けていた苦悩と苦痛を上回る不幸を、あの尚侍ないしのかみは受けるべきだと確信し、この茶番劇を止めようと経を読み上げて、自分たちのやかたで呪法を唱えていた『真白の陰陽師たち』を襲おうとしたが、そこに官吏が大声で東宮と関白の殿上を告げ、再び邪魔をされる。


「東宮と関白の殿上にございます!」


 やがて見えてきた東宮と関白の一行。そのうしろには、“六”と、彼のふところの中には、連れ出された桜姫こと花音かのんちゃん。彼女にもさっきの奇妙な出来事は見えており、それやかたにいた魔法使いたちが、魔法で描き出したものだとも分かっていた。


「ねえ、さっきから、“オバケ”を作ったり、こんな変な舞台を用意したり、一体なにしてるの?」

「分かるのか……さすがは“龍神の姫君”……とでも言っておこう……」


“六”はそう言ってから、桜姫の小さな額を人差し指でトンと突くと、そこから彼女の頭の中に、色々なことが流れ込む。


 それによると、この失礼な白い魔法使いは、この“オバケの広場”を作り出すことで、さっき一瞬見えた大火事の日の姫君を助け、悪者を退治しようとしているらしい。あとの事情への感想は、ただ一言、『めんどくさい』そんなことばかりであった。


 簡単にまとめると、御簾の中で寝たきりになっている、何年も職務放棄をしていた帝のせいで、飢餓と飢饉に見舞われても、国が混乱したままで、もうどうしようもないので、自分が助け出した姫君と、跡継ぎで国を憂う有能な皇子様が、早々に彼を即位するためだけに、この状況を作り出した……そんなところのようだった。


 戦のない世の中とはいえ、今現在の帝には“円満退位”してもらい、皇子様が正当性を持って即位するためだけには、これほどまでに大掛かりな仕掛けの準備をしなくてはならなかったらしい。


『魔法が使えるのって便利だけど、面倒くさいな……この時代の公務員は、色々と大変なんだ……』


 あの大火の日からこちら、彼が寝る時間もなく働いていたことを知っていた彼女は、初めて“六”に、ちょっぴり同情していた。


「律令国家は律令国家で大変だなあ……うん?」


“六”と、そのふところにいた桜姫は、東宮と関白の歩く列の最後尾から離れ、孫庇のほうに控えた。それからしばらくのことである。不穏な気配を二人が感じたのは。


“六”はそしらぬ顔で、桜姫は驚いた顔で、あたりを見回すと庭先に、どんよりとした目、印象に残らぬ顔、あまりにも不似合いな豪奢な衣をきた僧侶がひとり、なにか小声で唱えていた。


 そして、花音かのんは、ちらりと見た東宮の顔を、頭の中で思い返し、なにやら真面目な顔で考えこんでいた。



〈 帝のいる寝殿 〉


「ひとりで大丈夫ですか?」

「ええ、帝おひとりならばなんとでも。わたくしは東宮をお守りせねばなりません」

「では……わたくしは、貴女をお守りいたしましょう。なにかあればすぐに、お呼びを」


 葵の上が中務卿と、そんな短い会話をしてから、御簾の内側に滑り込むと、中にいた“三毒”はすでに消えていて、帝はほんの少し瞼を開けると、頬を紅潮させて、体を起こして彼女の両手を握り締める。


「おお……わたくしの、光る君の尚侍ないしのかみ……」

「ご無事でなによりでございます……」


『どっちのものでもない!! アンタのせいでこっちは大混乱だよ!! ああ、思いっきりグーで殴りたい!! 一発でいいから!!』


 誰ひとりいなくなった御簾の中で、帝と二人になった葵の上は、両手を強く握られて、眉間に皺をよせながら、帝の話に耳を傾けていると、生き過ぎた最愛の桐壺更衣を失った悲しみが、酷く体にこたえたのだろう、帝は早すぎる自分の最後を感じ、再び薄れゆく意識の中で、『わたくしの女三宮』に瓜ふたつの尚侍ないしのかみに、元のお話の筋書きのような、最後の遺言を繰り返した。


「光る君には源氏の姓を与え、臣籍に降下させ……そして、どうかどうか東宮に、帝となった暁に必ず……」


『光る君に源氏の姓を与え、臣籍に降下させ(貴女あなたとの婚儀を進めて下さい。)そして、どうかどうか東宮に、帝となった暁に(必ず“光る君”を必ず大切にするようにと……)』


 そう帝は言い残したかったのだが、あいにくと誰も御簾の中の、小さくかすれた彼の言葉は、外に聞こえなかったし、ただひとりその言葉を聞いていた葵の上の目は平たく、耳は意図的に聞きたくない部分では『チクワ』になっていて、さっき自分の(元)皇子様に、「貴女をお守りいたしましょう」とか言われたことを脳内で反芻して、『ホントにわたしの皇子様、世界で一番カッコいい!! いつだって超カッコいい!!』なんて、全然関係ないことを考えていた。



 *



『現代奇譚小話/花音ちゃんになった明石の君小話』


 元の話と違って、龍神に身を捧げようと海に身投げして、光源氏を回避したら、花音ちゃんになっていた明石の君。現代生活にすっかりなじんで副部長さんと、偽装結婚後の打合せ中。


副「生活費は割り勘で、ええかいのう?」学食。


花「いいですよ。引っ越し面倒ですし、部屋はわたしのワンルームでいいですか?」


 転生してから、やたらお腹空くし、別に人前で食べてもいいみたいだから、カツカレー食べてから、チャーシュー麺を食べてる。食後にパフェも頼んでる。


副「……食費は別々でも?」エンゲル係数に恐れをなしている。


花「大丈夫ですよ???」大食いの自覚はないのでした。


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