第223話 祓い 4
しかしながらその異変に、公卿や坊主たちの恐れ
彼女は萩が柱の隙間からのぞき見た、
帝がいる
国家の最高機関である、二官八省の頂点に座する公卿たちは、さすがに逃げ出す者こそいなかったが、目の前の光景に騒然となるのは、しかたのないことであった。
「おお……なんという……」
「“
「大火は、帝がいらした
「それもなにやら仏罰とのうわさ……なんと恐ろしいことでしょう」
“
そんな時、周囲の怯えをよそに、突然むくりと起き上がった帝は、“三毒”がまるで見えておらぬ様子で、あたりを見回しているのが、御簾越しにも分かり、視線で合図をしあってから、蔵人所の別当と
帝は側に控えていた女房たちが、大騒ぎをして姿を消したのを
「内裏が燃えた……」
しばらく周囲を見回していた帝は、それを聞いて慌てて自分の懐を探る。当然のことながら、懐にあったはずの『離縁状』は消えていた。
「燃えたのか……」
“離縁状”を心配して呟いたその言葉に、勘違いした別当が返事を返す。
「内裏はすべて燃え落ちましたが、幸い東宮や后妃方、親王、内親王方、皇子は皆様ご無事でいらっしゃいま……」
「内裏などどうでもよい!!」
別当に返した悲痛な帝の声は、御簾の外にも響き渡った。
『内裏などどうでもよい!!』
これすなわち、国の守護者としての最高位を放棄した言葉に、御簾の近くに座していた
「帝は……もはや、もはやあの時、
「内裏を出たことで、帝に取り憑いていた“
横にいた中納言は手にしていた杓を取り落とし、さも恐ろしそうに、袖で顔を覆いながらそう口走る。
まるで押し寄せる波のような“
皆は、なんとかしろと、北山の
しかし横にいた
『この騒ぎがとんだ茶番だと』
彼が庭に飛び降りて、経を唱えようとしたその瞬間、明るい一筋の光が差し、それまでの毒々しい空は、いつもと変わらない美しい夜空に変わり、法師も思わず口を開けたまま、ポカンと光の方角に目をやった。
どよめきが起こる中、多数の女官を従えて現れたのは、神々しいまでのご様子の、しかしまだ幼さの見える姫君。
『アレが薬師如来の具現だと……』
それは、臣下においては、摂関家だけに許された
「
あのなにもかも恵まれ、御仏の加護すら受ける
目がくらむほどの聖なる光と、豪奢な衣に身を包み、なにひとつ憂うこともなく、帝ですら疎かにはできぬ……摂関家のいと優雅な、幸せしか知らぬ姫君。
葵の上の『それどころじゃない&公務だから!』そういった理由で、大慌てで走り抜けただけの、姫君にあるまじき所作ですら、視線を送る無礼を避けるのは『支配される側の役目』そんな態度だと、法師の眼には映った。
突然、
『だから君は“破戒僧”にしかなれぬのだよ』
そんな
『どうかわたくしのために、あの女を
誰よりも優しい心を持ち合わせたばかりに、誰よりも辛く虐げられていた、夢のように
『やり過ぎじゃないのかなぁ……』
当の本人、葵の上は、見ず知らずの僧侶が睨んでいることにも気がつかないまま、そんなことを思いつつ、帝のいる御簾の中にいた。
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