第222話 祓い 3

〈 右大臣家 〉


 小さな花音が『舞』をながめている頃、弘徽殿女御こきでんのにょうご大僧正だいそうじょうの『言葉のつばぜり合い』がはじまり、右大臣はやかたの中で、関白に指示されたことを、手配するのに大忙しであった。


 彼は、弘徽殿女御こきでんのにょうごを残して、姫君たちと幼い内親王方、自分の北の方を、方違かたたがえと称して、六条御息所ろくじょうのみやすどころのところに大急ぎで送り出す。


 忙しく荷造りをしていた四の君は、不思議そうな顔をしたが、それでも方違かたたがえでは仕方がないと、荷造りは中断して、連なる牛車の列に乗り込むと、やかたをあとにした。


 右大臣は皆の姿が消えたあと、帝が寝ている寝殿以外、すべての対屋を仕切っている几帳や屏風、ありとあらゆる間仕切りや遮蔽物を取り払わせて蔵に運ばせると、すぐに集まり出す予定の二官八省の公卿たちの席次を取り決めて、家人に指示を出す。


『頼りない上に見栄を張りたがる日和見主義者』


 関白にはそう酷評される右大臣であったが、“藁にも縋りたい”そんな状況から逃れることができる目算と、自分自身の“大願成就”を、ハッキリ示されたいまは、テキパキと懸命に自分に与えられた役目を果たしていた。


 やがて時が刻々と流れ、ようやく八省院と呼ばれる大内裏にある朝議場よりも狭いながら、なんとか空間を確保すると同時に、続々と随人たちを引き連れた公卿が、牛車で乗りつけてきたことを告げられる。それを聞いた右大臣は、自分自身も慌てて束帯姿に着替えるために女房を呼んだ。


 初めにやってきたのは、後涼殿こうろうでん女御にょうごの父である公卿、承和大納言そがのだいなごんであった。彼は恩義のある関白からの使いがきてすぐに、周囲を急がせるだけ急がして、凛々しい黒の束帯に身を包むと、杓を手に早々にやってきたのである。


 うしろにも牛車から降りた黒の束帯姿の公卿たちが、いかめしいまでの重々しいいで立ちで、続々とやってきた。夕刻も終わりを見せはじめ、空の色は怪しいまでに、夕焼けと訪れた闇が鮮やかなコントラストを醸し出す。みなは一瞬不安そうな顔をしてから、それぞれの席に着座してゆく。


 その頃、ようやく弘徽殿女御こきでんのにょうごの前を下がり、帝の元に向かおうとした北山の大僧正だいそうじょうは、いつの間にか現れた帝の御座する寝殿に続く黒の束帯姿の公卿たちの列に目を見張る。帝がいらっしゃるであろう御簾の前には、蔵人所の別当に頭中将とうのちゅうじょう、そして蔵人所の官吏や最小限ではあるが、急遽手配された武官たちが、二重三重に、寝殿を取り囲んでいた。


 公卿たちは関白が出した正式な使者からのふみにより、帝の見舞いの名目の元で集まっていたが、ふみの目的と内容は、明らかに京に住む官僧以外の実質的な僧侶の頂点、北山の大僧正だいそうじょうを威圧するために、貴族側につくのか大僧正たちの側につくのか、彼ら自身に立場を旗幟鮮明きしせんめいにするようにと、暗に迫った召集の命であった。


 その光景はまさに壮観で、だらしなく飲み食いしていた僧侶たちが、役に立たぬことに気づき、しかたなく冷めた顔で、どんよりと座り込んでいた煤竹法師すすたけほうしと、ふたりで、帝の元へ向かおうとした大僧正だいそうじょうは、圧倒され、つかの間、怯んだ様子で立ちすくんでいたが、それでも気を取り直して、帝のもとへと向かおうとする。


 するとその時である。夕闇の迫る空に異変が起き、まるで空を闇で覆いつくすような鳥の大きな群れが、右大臣のやかたの、それも帝がす寝殿の上にだけ旋回し、北山の大僧正の一行と睨み合いになっていた公卿や随身たち、大僧正までが、寝殿しんでんに起こりはじめた異様な光景に目を疑い、大騒ぎになったのは。


 関白に降りた『御仏の御告げ』がはじまるまでの時間を、見事に稼ぎ切った弘徽殿女御こきでんのにょうごは、夕闇の迫る空に異変が起きたのを見上げて、自身の勝利を確信すると、右手に握っていた檜扇を、パシリと左手に当てていた。滴り落ちる血と暗がりが混ざるような異様な色の空に浮かぶのは、三つの細く絡まり合った有明の月。


 それは新月、月のないさくの月の夜まで、実に四日前の出来事であった。



 *


『本編と多分関係のない小話/弘徽殿女御の女童めわら時代小話』


 次期東宮妃として、将来の国母としての教育を受けるべく、葵の上と同じく、超厳しい妃教育の日々を送っている。


三「姉君はおかわいそうね」勉強のあとに三の君が顔を出して、一緒に菓子を食べてる。


弘「後宮で他の妃に頭を下げるくらいなら、それまでにいくらでも苦労するわよ!!」菓子を食べながらまだ読書してる。


三「……そうですか」負けず嫌いだなぁと思い、わたしはそこまで苦労したくないから、顔がよければまあソコソコでいいやと思う三の君でした。


四「どれくらい姉君は偉くなるの?」


弘「そうね、少なくとも右大臣の父君なんて目じゃないわね! ふふん!」


右「…………(漢方薬を飲もう)」立ち聞きしていた。地頭のよさと美貌に、超期待してるけど、この気の強さに、なんだかいまから将来を思い胃が痛いのでした。


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