第18話 左大臣家の宴 1
〈~左大臣家~〉
今日は遂に『葵の君の快気の
葵の君は、いつものように、ふかふかの布団で目を覚ます。
いつもと少し違うのは、夜も明けきらぬ早朝に起こされたことだ。
身支度を手伝ってくれる女房たちの気合が、布団から起き上がった瞬間、大きな波のように押し寄せてきて、「まだ早い」とか絶対に言えない雰囲気が満ちていた。
『眠たい……』
念のために昨日は、深夜のトレーニングをやめてよかった。体調は万全、なんなら
受け身の稽古に、道場があればいいのにな。やかたには十分な広さはあるのに、どこも人目につきやすいのが問題だ。
『平安時代的に、源氏物語的に、おかしいだろう!』そんなことを言う時は、父君が
将来的な命の危険に、いささか怯えはしているが、前世と比べれば石油王もビックリ! そんな豪華な今現在の生活ぶりに、ため息をひとつ。
葵の君は、母君の向かいに、ちょこんと座って、菓子(プリン)を食べながら、つらつらと、そんなこんなことを考えていた。(髪がサラ艶で嬉しい!)
体になるべくいい物は食べたいけど、本当は甘いスイーツも食べたい。でも健康的なヤツ!
そんな彼女が思いついたのは、いま口にしている砂糖の代わりに、蜂蜜で作ったプリンだった。
栄養価が高い牛乳と卵に、同じく体にいい蜂蜜。この時代では牛乳も蜂蜜も薬扱いされているの納得!
玉子と牛乳と蜂蜜を蒸して……などと、精一杯の説明と下手な絵で、紫苑に伝えると、数日後、砂糖の代わりに蜂蜜を使って、茶わん蒸しのような器で蒸した“蜂蜜プリン”が出てきて感動した。
冷たくないしカラメルはないけど、蜂蜜がかかっているから十分美味しい!
紫苑がわたしのうろ覚えなプリンの作り方を元に、自分の仕事が終わったあと、左大臣家の食事を作っている料理長みたいな人と、一緒に頑張って作ってくれたのだ。
感動のあまり自分がプリンを食べる時は、紫苑にも作ってもらえるように、配膳係の女房に頼んでおいた。
本当に素直でいい子だなぁと思う。遠慮してたけど、すごく嬉しそうだった。そりゃそうだよね!
味のほとんどしない、減塩(現代的には普通の塩分だと思う)&
あまりに葵の君がニコニコするので、今朝もプリンが膳の端に陣取っていた。
一日一個くらいならいいよね? 育ち盛りだし! 筋トレもしているし!
ストイックにもなれるけど、スイーツは食べたいという気持ちも持っているの! だって体はまだ九歳の子供だから!
葵の君は、そんな風に内心で言い訳をし、最後の一口を、匙ですくって食べたのであった。
「
いつもより豪華な
ついでにつけ加えると、そのへんにいた綺麗な女房にも、今日の
葵の君は圧倒的な『女子ほめスキル』を持つ、美少年の兄君のゆく末を確信した。
やっぱり源氏物語の世界なんだなぁ。
どうしよう、あんまり覚えてないけど、このままだと『源氏物語』の初期設定通り、認知しきれないくらいの子沢山の遊び人になりそう。
前世が現代人の妹的には、家庭的な人になって欲しいんだけど。
ついでにと置いて行ってくれた、干しシイタケは嬉しいけど、どこで手に入れた兄君?
しかし、葵の君に自覚はないが、兄君が言った通り、この日の葵の君は、一際輝く美しき姫君であり、女ざかりの美しく華やかな、満開の
古参の女房たちは部屋の隅で、やはり二人を拝んでいた。
葵の君の装いは、一番上の
襟元からは上品な色の
母君は色をもう少し濃くして大人っぽくした、模様は同じ
「いつも綺麗にしてくれてありがとう。今日は忙しいと思うけれど、明日はゆっくりしてね」
「もったいないお言葉にございます……」
早朝から張り切って、姫君の美しい
干しシイタケも預かられて、目の前から下がっていった。
冬の日の入りは早い。寝殿を中心に北の対、東の対、西の対。前に広がる庭には、池、
それらすべてが無数の
朱雀大路に面した正門から、招待された公卿や大勢の貴族たちの牛車が、左大臣家を訪れはじめた。
もちろん
身分にふさわしく、先導には騎馬、そのあとに
牛車に乗り合わせているのはもうひとり。美しい
といっても、牛車から降りたのは
よく訓練された
「姫君は本当にお優しくていらっしゃる……」
そう言ったのは、葵の君に仕える姉から後日、その話を聞いた他家に仕える女房だった。
身分の違いで仕方がないと思っていたが、常日頃から自分の主人である某公卿のやかたでは、自分を含めた使用人は、北の方や姫君たちに叱責されたり、蔑まれたりすることはあっても、姫君が自分たちに礼を言うなど、聞いたことがなかったからだ。
姉があまりにも一生懸命に、葵の君にお仕えする姿勢を、内心、馬鹿正直にもほどがあると思っていたが、姫君の話を聞けば聞くほど、それだけの価値のある尊い姫君のように思う。
本当に高貴で尊き身分の姫君とは、そうなのかも知れないと女房は考えた。
なにせ姫君は元内親王を母に持つ、尊き帝の血筋の“本物の姫君”で、いらっしゃるのだから。
単に中身が礼儀に厳しい体育会所属の部員で、その上、“一回生という一番の後輩”で、割と腰が低いだけの葵の君の行動は、『慈悲深く、思いやりがあって、優雅で上品で神々しくて、目が潰れるかと思うほどに美しい姫君で』などど、尾ひれが巨大化して、京の貴族に使える女房や使用人、あるいは町の人々にまで、うわさが広がってゆくのだった。
~~~~~~
〈後書き〉
平安時代的には、十分な年のはずなので、美魔女的な母上?
『本編と全然関係ない陰陽寮小話』
弐「そんな姫君が……」限定商品を手に入れるべく、仕事を早退して、買い物に行った市場で葵の君のうわさ話を耳にする。
六「で?」
弐「で、本当はどうなの?! 会ったこと、あるっしょ?!」興味津々。
六「……普通の小奇麗な子供だった」こいつ、のぞきに行きそうだなと思って、ごまかしている。
弐「なんだ、ただのうわさか――、多いんだよね、凄い美人とうわさでも、実際は、たいしたことないって!」(あとで中務卿に、仕事さぼっていましたとか告げ口されて、説教されたのでした。)
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