第8話 とある公卿と陰陽師 2

 彼らのすべての公務は、おおやけに知られてはいないが、その能力の高さは、みなが知るところであった。中務卿なかつかさきょうは、姫君が病に伏せていた折に、その中でも高い能力を持つ“六”を、左大臣のやかたに差し向けていた。


 彼は、前任の陰陽寮おんみょうりょうの長が才能を見抜き、養子にむかえた、朝廷にとって欠かせない陰陽師であり、自分にとっては身分の差はあれど、稀有けうな才を持った友人であり、懐刀ふところがたなでもある。


 その時“六”は、小さな守りの宝珠を、姫君に届けたと聞いてはいた。


 その返礼に“六”を呼ぶのであろうか? 中務卿なかつかさきょうは優雅に顎に手をやって首をひねる。


 やがて人の気配が近づき、小舎人が“六”をともなって現れる。

 人払いを命じ、火桶を真ん中に、二人は差し向かいで腰を降ろす。


 吐く息は白く、見上げた空はすっかり冬模様。


 まだ幼さを残した優し気な顔立ちなれど、“六”のあまりの異形に、見るものは息をつめ、中務卿なかつかさきょうや同僚以外、誰も必要のない時は、決して彼に近づこうとはしない。


“六”の外見は、現代で言うところのアルビノであった。


 まだそんな病の存在すら分からぬ時代、白い髪に眉やまつ毛、色素の薄い瞳。すべてを飲み込むような白で覆われた彼は、その外見から常に周囲に恐れられ、疎まれ、遠巻きにされているが、本人はどこ吹く風といった様子であった。


 その“六”が面白そうな表情で、片方の眉をわずかに上げながら口を開く。


「新しい受領ずりょうの任命は、かないませんでしたか……」

「他にも議題が多かったからな、相変わらず耳が早い。式神を潜り込ませたのか?」


 不満げな自分の口調に、中務卿なかつかさきょうは苦笑する。高官がそろいぶみする朝議でできる表情ではなかった。


 ここ数年来、地方で頻発する治安問題を解決するべく、ほうぼうの省と調整に調整を重ね、なんとか通したかった法案であったが、頻発する帝の夜御殿よるのおましからの、お出ましの遅れに巻き込まれて時間切れ。


 本日をもって取り下げとなった。次に持ち出せるのは、来年以降であろう……由々しき事態に眉間みけんにややシワが寄る。


(※受領ずりょうとは、地方に赴任した行政責任者である国司の役職のひとつで、越前えちぜん越後えちごなど、地方に朝廷から派遣される権力の頂点であり責任者である。)


 昨年、とある地方で大規模な飢饉ききんと反乱が発生し、彼自身が国の穀倉庫の米や穀類、兵部の武官を引き連れて、直接足を運び平定するという、前代未聞の出来事があった。


 なんとか事なきに済んだとはいえ、一々、自分が京から馬で乗りつける訳にはゆかぬ。(そもそも自分は文官である。)

 ゆえに今後のためにも、国中の受領ずりょうを調べあげ、能力的に問題のある何人かは、有能な人物と交代させるべく、最近の彼は奔走していた。


 もう国の穀倉庫の備蓄は、ほぼ尽きたといってよいだろう。


 左右の大臣の私的な穀倉庫には、まだうなるほどの蓄えがあることは予測するが、無理矢理、吐き出させる訳にもいかないし、口実も理由もない。


 いまのところは、来年の豊作を神に祈るだけである。


大和国やまとのくにの不穏なうわさも耳にいたします……」

「まさか怨霊の仕業では、あるまいな?」


 冗談めかせながらたずねる彼に“六”は神妙な顔で答える。


「その気配は陰陽寮おんみょうりょうの方では把握しておりませぬが……」


 把握しておりませぬが……その先に続いた陰陽師おんみょうじの独り言は、彼には聞き取れなかった。


「うん?」

「いえ、独り言をつい……。ご同行は、つつしんでお受けします。それでは失礼を……」


 抜きんでた能力を自負する陰陽師おんみょうじは、中務卿なかつかさきょうに頼まれた同行を、自分の疑念を紐解く機会かと、喜んで引き受けることにする。


 まあ、本来、自分自身は断れるような身分ではないのだけれど、友人でもある中務卿なかつかさきょうは、いつも自分に配慮してくれて、やんごとなき地位からの無理筋は、代わりに断ってくれるのだ。


 自分の置かれた状況は、よいものでもなかったが、それでも実の親からかごに入れられて、川に流された赤子の時以来、ろくなことがなかった以前と比べれば、大した問題もなかった。


『落ちるはずのない、姫君を指し示す星が落ちた……が、一瞬で力強い光の星に変化した……』 


“六”は陰陽寮おんみょうりょうに帰り、式神を何体か創り出して、どこかに飛ばすと、ひとまず今日の仕事に専念する。黙々と筆を手に持ち数刻過ぎた頃、うしろで聞き慣れた声がした。


「もう退庁の時刻ではないか! 早く帰らねば! あとは頼んだぞ!」


 出勤は遅く退庁は早い。そんな現在の長は、そう言い残して、さっさと帰ってゆく。


「あの人、今日は宿直とのゐに同行するって、言ってなかった?」

「さあ……」


“六”に問いかけながら、出勤予定表を手に、上司をあの人呼ばわりして、あとを追って行った同僚の“弐”を見送りながら、“六”も内裏をあとにする。


 自分の疑念を確認して話すのは、事なかれ主義の陰陽寮おんみょうりょうの長よりも、少し時間はかかっても、直接、中務卿なかつかさきょうにした方がよいのは、自明の理であったから。


 小さな自宅に帰り、こざっぱりして気楽な直衣のうし指貫さしぬきという姿に着替えると、黙々と調べものに取り組む。


『何処カデ何カガ循環シテイル』



 ~~~~~~


〈後書き〉


 ※二陪織物 (ふたえおりもの)は、地文様を織りだした織物の上に、さらに地文様とは別の鮮やかな色糸で浮織をする二重に文様を織り出した、時代によっては、奢侈禁止令が出されるほどの、高級な織物で、貴族でも正装用に使われていたそうです。


 ※お話の中で“六”を含んだ選ばれた陰陽師が着ている二陪織物は、わざとほんのわずかずつ違う白で織り出して仕立てた豪奢な衣が、位は低いけれど、“特別な存在”を目立たせる制服として設定してみました。


『退庁後、みんなでご飯を食べている、壱番から六番の陰陽師の小話』


 壱「あっ!!」

 六「!!!!」食べこぼしてシミを作ってしまったのでした。

 弐「……」自分のシミが取れるかどうか悩んでいる。

 参「こうしておけばよかったのに」首に紙エプロンのように、安い料紙を挟んでいるのでした。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る