第145話 追走曲 12
〈
葵の君が朝餉を食べ終わり、明日に向けて出仕の行事ごとに関する書簡に、目をとおしていた頃、すっかり元気になった母君が部屋にやってきて、乳母に抱かれた
「かわいい……」
葵の君は、
たとえここが現実に存在しない、夢と
そこに葵の君の身の回りの品々を管理している女房が、青い顔で報告にやってきた。
「深くお詫び申し上げます! どこを探しても、姫君の髪飾りが見当たりません!」
女房は早朝から、あちらこちらを探していたが、一向に見つからず、意を決して、姫君に報告をすることにしたのである。
『はっ! そう言えば……』
葵の君は、本来、お洒落に疎い体質なので、まったく気がついていなかったのだが、恐る々々、後頭部に手を当てる。
「昨日、
「
「はい……」
内心は真っ青な葵の君の横で、夜の呼び出しのことを知らない母君は、
『わたしの髪飾り、一体どこに行ったんだろう? まさか昨日、
葵の君は、内心大いに焦っていたので、
『髪飾り、どこで落としたんだろう?』
「髪飾りのことならば、そんなに気にしなくても、見つからねば、また同じものを作って……きゃっ!」
母君が髪飾りの話を聞いてから、暗い表情の姫君を慰めようとしていたそんな時、不意に空が黒くなり、いきなり大きな雷鳴が
みるみるうちに空には暗雲が立ち込め、滝のような大雨が降り注ぎ出す。
女房たちが怯えながら格子を降ろして回り、葵の君も母君と、音に驚いて目を覚まして泣き出した
「春雷の季節とはいえ、なにか恐ろしさを感じます……」
「きゃあ!!」
鳴り響く雷鳴と、滝のように降る大雨に混じって、大きな
やがてようやく天気は持ち直し、葵の君は安心したが、周囲で異変が起き出す。
雨雲が去り夕焼けの光に包まれる空には、なにやら墨のような液体が滴り出し、文字を形作り、それが周囲の世界をゆっくりと飲み込んで変容させてゆく。外の景色からはどんどん色が消える。
「母君? 紫苑?!」
葵の君の周囲の人々は次々に時を止め、まるで屏風に描かれた『絵』とでもいうように、ペラペラの紙になり、動かなくなってゆく。
空から文字と一緒に降ってきたのは、真っ白な毛に
彼らは葵の君を見つけると、禍々しい光を放つ目に姫君を映し、葵の君に狙いを定めたまま、殿舎に向かって迫りくる。
「やっぱり狙いはわたしやんか!!」
そう毒づいた葵の君は、唇を噛みしめて空を見上げ、キッと睨みつけていたが、とびかかってきた猿共の攻撃を、素早く体を捌いて
「お化け猿で助かった!!」
『人間や動物相手に、刀を使えるかって言われたら、そこはやっぱり無理だけど、これならバーチャル感満載だから大丈夫だ!!』
葵の君は大急ぎで、華やかに重ねた
「みんな少し待ってて!! すぐに助けるから!!」
収まったはずの稲妻が一筋、不気味な色を放つ空に走り、彼女の
「おやおや、これは一体どうしたことか……」
彼は幸いなことに、
いつでも使えるように、自分の薬箱から取り出した、
広大な庭に降りると、空に一瞬光が満ちて、後光の差したひとりの女君が、まるで天女のように目の前に降りてきた。
「なんと、
彼は
「これは……」
道徳心の一欠片もない
「姫君を追わねばならぬが、“コレ”を手放す訳にもゆかぬ……」
彼は真剣に悩み、
それから彼は騒がしい猿の騒ぎを思い出し、短刀だけでは心もとないと、なにかないかと
「案外と本物の宝は見当たらぬな、ああ、これは無事か」
彼が目を留めたのは、
一瞬ためらったが、まあ、なにかの役に立つだろうと、短刀を懐に入れて、なんとか“
幸いなことに猿の群れは、あまり自分には興味がないようで、姫君の後を追うように移動しているようだ。
「あの猿の狙いは
絵物語の人物のようになってしまった周囲の人々、空から降り落ちる滝のような文字や藤の
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