第146話 追走曲 13

※『大雑把な後宮の地図』(フィクションです)は、近況ノートにあります。(お話のトップページにある説明文のアドレスからも飛べます。)


・後宮➡https://kakuyomu.jp/users/momeaigase/news/16817139558960595439



 刈安守かりやすのかみが嬉しそうに、あとをつけているのを知らない葵の君は、全力で登華殿とうかでんの前を走り、角を曲がって貞観殿じょうがんでん(皇后宮職)の前も走り抜けようとするが、勢いをつけすぎて、長い絹の袴を、うしろにたなびかせながら、『超高速のベルトコンベアー』にでも乗っているかのように、尋常ならざる勢いで渡殿(廊下)を、悲鳴をあげながら滑ってゆく。


 もちろん貞観殿じょうがんでんの中には、中務卿なかつかさきょうの一行。彼らは左から右へと流れて行った姫君を、唖然とした表情で見送っていた。


 中務卿なかつかさきょうは、姫君のことが心配で仕方なかったが、この異変に、ひとまずは帝の安否を確認せねばならぬと、この時のための『真白の陰陽師』も半数が一緒であったので、素早く彼らが張った結界の中で、周囲の影響を受けることなく“六”が素早く式神を飛ばし、残りの陰陽師たちの到着をもって、行動する手はずを整えていたところであった。


 それから姫君が滑るように、一瞬で目の前を通り過ぎたあと彼は目を閉じて額に手をあて、沈痛な面持ちで絞り出すような声を出した。


「いま見たのはまぼろしだったと言ってくれ」

「残念ながら、本物の葵の君にございました……」


 無情にも“六”はそう返事を返す。横で蔵人所くろうどどころの別当が、至極まともなことを言う。


「歩いてもいないのに、横切ってゆくなどまぼろしであろう。とりあえず帝のところに行かねばならぬ……何事っ?!」


 別当が意見を述べていると、遠くでなにかが派手にぶつかる音がした。いままでの姫君の『やらかし』を身に染みて理解している中務卿なかつかさきょうは、別当の言葉を無視すると、「あとは頼む」そう言い置いて腹をくくり、貞観殿じょうがんでんを飛び出し、音がした方向へと走った。


「お待ちください!!」


 そう言って、あとを追いかけた“六”が遠ざかるのを見送った“弐”と“伍”は、しばらく顔を見合わせていた。


「あの、どうしましょうか? 帝のところに全員でゆかねば、この度の怨霊騒動が、もし帝を狙ったものなら、“六”がいないと方陣が完成いたしませんが……」

「そうだな……お前、“六”の式神を作れ……」

「そんな問題ではないでしょう!!」


 自分は「間違ったことを言っていないよね?」“伍”はそう思いながら、いつもいい加減だと思っている“弐”は、やっぱりどうしようもなく頭の悪いことしか言わないので、彼を怒鳴りつけたが、なぜか蔵人所くろうどどころの別当が口を挟む。


「あまり気負わなくていい。儀式はまだとはいえ、第一皇子が東宮(次の帝)に決定している。帝の守護は気楽にやれ、気楽に。そのための東宮だ」

「気楽って、勘弁してくださいよ……」


『みんなして、なんていい加減なんだ!!』


 いつも周囲の理不尽に振り回される“伍”は、そう思い、頭痛をこらえながら、今度は“六”にそっくりの式神を作り出す。


 稀代きだいの陰陽師といわれる“六”と違って、本物そっくりの式神を作るのは、骨が折れる上に大層疲れるのだ。(だからみんな、一番下っ端の僕にやらせるんだ!!)


 当の昔に、帝に愛想をつかしていた蔵人所くろうどどころの別当は、そんな酷いことを言いながら、それでも陰陽師の周囲から離れると、自分もどうなるか分からないので、真白の陰陽師たちが、一応は全員がそろった呈で清涼殿に向かい出した中、ぴったりと“弐”に張りついて清涼殿せいりょうでんについてゆく。


「もう少し離れていただいてよいでしょうか?」


 この人、そういえば蔵人少将くろうどのしょうしょうとつき合っていた過去が……完全に男にしか興味がない“アッチの趣味”とか言ううわさがあったな……。いくら綺麗な顔でも、倍楽しみが増えると言われても、ソッチの趣味はないんだよなあ。


“弐”がそんなことを思いながら、うっとおしそうに別当をひじで押して顔をしかめると、この間、態度の横柄な官僧から巻き上げた、由緒ある数珠を思い出し、懐から取り出して彼に押しつけた。


「これは霊験あらたかな高僧の数珠、きっと別当を守ってくださいます! 第一皇子のことが心配ではありませぬか? ほら、次の帝になにかあったら大変! 第一皇子が住む襲芳舎しゅうほうしゃは反対方向!!」

「ああそうか!!」


 そんな“弐”の気持ちを知らない、数珠を渡された別当は、慌てて東宮の住む襲芳舎しほうしゃ/雷鳴かみなりつぼに向かい、“弐”の心には平穏が訪れた。


「あとで、ちゃんと返してくださいよ――! 高値で売り渡す約束、わっ!」


“弐”は“壱”に引きずられるように、やはり紙になってしまった武官に守られている清涼殿の夜御殿よるのおとどになだれ込む。


 中にはなんの変りもなく、一日中、夜のお楽しみと決め込んでいただろう、あられもない姿の帝と、その腕の中で顔を真っ赤にして、そのまま気絶する桐壺更衣きりつぼのこういの姿。


「ご無事でなによりでございました……」

「………」


 帝になにかを言われる前に、外に出てぴしゃりと扉を閉めた“壱”は、葵の君のことが気になったが、あちらは“六”が向かっている。念のために“伍”を残して、彼は冷静に残りの陰陽師で手分けして、内裏に張られた結界を調べて回ることにした。


 皆は無事な帝を見て、まあ、それなりに神聖な存在なんだな。それで桐壺更衣も守ったんだと、内心失礼なことを思っていたが、彼らが無事であったのは、単に運命の女神の憧れの主人公、光る君の父母であったからに他ならなかった。


 もとから帝の安全は、一応の確認であった“壱”は、声を張り上げる。


「すべて調べつくせ!! 必ずどこかに穴ができているはずだ!!」


 *


『本編と多分関係のない、とある日の平安小話』


葵「素朴な疑問なんだけど、こんな血筋の近い人同士で、結婚続けても大丈夫なのかしら?」


 まあ、お話の世界だからかもしれないけど、めちゃめちゃ血のつながりが濃い人どうしで結婚してるけど、なんの問題も起きてないのが不思議だと思ってる。


弐「えっと、それはですね、例えば葵の君は、中務卿と結婚していますけど、将来生まれる子供は中務卿の子供だとは限らないでしょ? ほとんどのご家庭はそうでしょ?」


 帝の後宮は別にして、父親が違っても正妻が生んだ子供は、夫の子になるシステムの母系社会。


葵「えっっ?!」驚愕してる。

弐「右大臣のところなんて、わたしが思うに……あいたっ!!」


 通りかかった中務卿と六にグーで殴られているのでした。

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