第67話 春の訪れ 2
〈 年明け早々の後宮/
新年初め、帝は、第二皇子に対する人相見の答えに、大いに不満を覚えつつ、関白に引退を撤回してもらえぬものかと思いながら、帰ってきた
関白がいてくれれば、
いまの彼に
今日は昼間から、
桜を
「
「母君が後宮にお戻り下さって、帝は大層に喜ばれ、最近は明るくほがらかでいらっしゃいます」
目の前に座りそう言う光る君に、
「左大臣家の姫君が、ご出仕なさる日が楽しみなのでございましょう」
「左大臣家の姫君?」
「ええ、帝がなによりも大切にされている、先の女三宮でいらっしゃる、三条の大宮に瓜ふたつで、とても素晴らしい姫君とのご評判の方。
そう言う母君に、光る君は首を傾げた。
母君が控えめなのは元々だが、皇子である自分が、臣下の娘に失礼のないようにとは、どういうことなのだろう?
どうせ、
彼は、帝である父君の寵愛をほしいままに、栄耀栄華の中に育っていた。また、
表面上は飾り立てられた、もろくも美しい硝子細工のような、宮中の暮らししか知らない、六歳になったばかりの、たぐいまれに美しい皇子は、幼くも末恐ろしい才に長けながらも、身分に見合う以上に、高慢な皇子にお育ちであった。
自分を溺愛する帝は、なんでも願いを叶えてくれる。優しく美しい母君の
自分にはそれが許されると、自然に彼は思っていた。博士からの講義はあるが、彼に
実際、帝も第一皇子よりも自分に足りぬ点は、年齢と家柄だけであると、おっしゃりながら惜しまれている。それゆえに東宮位は手の届く物と彼は考え、いずれ東宮位に就き、帝となり、母君を女御に、いや、中宮にも引き立てたいと思う。
まだ見たことのない左大臣家の姫君も、気は進まないが、笑顔のひとつ、愛想のひとつでも言ってやれば、自分を取り巻く後宮の女たちと同様に、自分を大切に思い、敬うであろうし、すべてを差し出すであろう。
姫君を妃に迎えることで、東宮位が手に入るのであれば、四歳も年上の年増ながらも、妃のひとりに迎えても、よいと考えてはいる。
彼は、姫君のために用意が整いつつある、いまは主人のいない『
畳の
いま用意されているのは、白地に黒糸で模様の織り出された、親王や大臣にだけ許される『大紋の
自分が訪れたことを聞いたのか、
「この畳の
光る君は扇子で指し示し、見とがめる。姫君は
「
「…………」
光る君は、自分の母君で、一心に帝の寵愛を受ける、
『姫君の瞳は煌めく
姫君の数々のうわさを思い出した彼は、皮肉っぽい小さな笑みを浮かべると、自分と母君が住む小さな
おだて上げて、自分の妃として手に入れたあと、振り返られることもない、不遇な境遇に身を落とした、世間知らずの姫君は、どんな顔をするのだろう?
「姫君の出仕が楽しみですね」
やがて時が過ぎ、清涼殿で行われた桜の
同席していた関白も、重々しく会釈をする。舞は当然のごとく、大喝采であった。
いつもは流れで、夜の
なにせ近いとはいえ、一旦、自分のやかたに帰って、自身の着替えもせねばならぬし、(同じ束帯で出席するのは無礼である。)桜の
大規模な儀式と
身分によって、左大臣家に牛車を乗り入れる順番は、時間の管理をする
「
一番初めに乗り入れなくてはならぬ、公卿の中でも一番、低い
「父君、急いで!!」
十三歳になる姫君も興奮に頬を紅潮させながら、女房たちに早く父君の着替えをと、きつい口調で申しつける。姫君は去年、
「もし、お歌なんか頂いたら……」
うっとりそう言う姫君に北の方は、右大臣家の四の君が、彼の正妻の地位に収まってはいるが、摂関家につながる左大臣家の正式な妻のひとりであれば、充分な玉の輿。姫君にとって、上々の人生が確定すると、冷静に考える。
「よいですか、軽々しいおこないは、かえって殿方の気をそぐものです。できるだけ左大臣家の姫君や、北の方である三条の大宮に、好印象を持って頂きなさい。自然と兄君に、よきうわさが届くでしょう。また、今回は評判の公達も多数いらっしゃいます。ゆめゆめ見落とすことのないように。このような機会は、もう二度とこないでしょうから」
「はい!」
そんな、現実的なアドバイスと恋愛のノウハウは、夫が着替えを済ませ、牛車に乗り込んだあとも、延々と続けられていた。
どこの姫君も多かれ少なかれ、同じように夢と希望で胸を膨らませていた。
『歩いた方が早い』
そんな牛車の行列は、深夜に向けて行われる、葵の君の
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