第177話 執着 1
光る君の乳兄弟である
元の源氏物語の中では、光源氏が戯れで手を出し、置き去りのままに怪死した夕顔を密かに
母である大弐が、光る君の乳母を仰せつかって以来、この尊くも美しい皇子を、唯一無二の存在と、大切に仕えてきた彼は、この二条院を気軽に手放した、
高き身分の方とはいえ、そこは女の浅知恵、こうして光る君が困った時のために、やかたを取り置くという判断までは、できぬ相談であったのだろう。つくづく亡き大納言の早世が悔やまれた。
「いくら遠い縁戚とはいえ、二条院は
そう彼が呟いた丁度その時、どこからか冷やりとした風が寝殿中に舞いこみ、皆が顔をそちらに向ける。
優美に引いた眉、
「兄君、お帰りなさいませ……」
「このたびの大火の後始末で戻るのが遅れ、第二皇子への御挨拶が遅れた不躾をお許し下さい……」
光る君が視線を向けた先には、女房たちが言うように、
身分の低い者など、そこらにある設えと、なんら変わらぬ意識で育ってきた彼に、
もっと
光る君も、はじめは彼に少し警戒した表情を見せていたが、
少ない奉公人の数で回るのは、この有能な男のせいかと思いあたり、かしずかれて暮らすことになれている彼は、薄いながらも皇子である自分とは縁があるので、こうして持てなしてくれるのだろうと納得した。
光る君が、どこからか漂う、えもいわれぬ薫りに気を取られていると、いつの間にか目の前には、
「この度の災難、さぞご苦労と不自由でございましょう、整わぬものばかりですが、心をゆるめるために、是非おすすめいたします……」
「…………」
光る君は呑んだこともない酒を、さも当たり前の顔をして、少し口をつけながら、上目遣いで、
後宮に出入りする
どうやら彼は女房たちに人気があるようだ。元服したばかりで、彼女たちになにかと子ども扱いされている
姿を現した公達は、
血によって住む世界が変わる、そんな時代ゆえに、
光る君は、女房に囲まれた後宮でもなく、外祖母との寂しい暮らしでもない、彼らが話す大人の男君の世界の話を、とても面白く思い、菓子を食べながら話に聞き入る。
まだ八歳の第二皇子の前というので、ふたりともはじめのうちは、このたびの大火のことを、神妙に口にして語り合っていたが、そもそも自分たちには、なんの被害もなかったので、やがてひそやかに、そして大っぴらに、平安貴族の大きな楽しみ『恋愛談義』に花を咲かせる。
話が盛り上がっていると、静かに聞き手になっていた
「いかがされた?」
「……実は、典薬寮に入りきらぬ怪我人を、このやかたに数名預かったのですが、具合がよくなさそうなのです。官吏も寮に返さねばなりませんので、残念ではございますが、わたくしはこれにて、皇子の御前を失礼いたします」
すっかり盛り上がっていた周囲は残念がったが、このまま楽しんでくれとの
「外の様子が騒がしいね……」
「なんでも
「せっかく気分転換にと
光る君は、大火の中、命がけで走り回って大怪我をした人々、いまだ走り回っている人々の苦労に気づくこともなく、さきほど下がった体の弱そうな
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