第64話 夜想曲 3
法師が旅立って数日後、
「いかがなされた?」
「ええ、いえ、喜ばしい話ですが、恐ろしくもある話で……」
いつの世も耳に入れた大事件は、誰かに話したいと思うのが人の
「京を騒がしていた
「
「いえそれが……」
彼女が聞いた伝聞によると、犯人は既に目をつけられていたらしく、
「なんでも夜中に急に容体が悪くなった主人のために、薬を求めて
「気の毒な話ですね」
急な病というのが、女房たちには少しおかしかったが、不謹慎なので黙っていた。
なぜか現実の平安時代には存在しなかった、そして、この絵物語の世界には、いつの間にか存在する性病、死を招く不名誉な病『梅毒』には、
大量の
実は、この梅毒と言う病が世界的に発見されたのは、十五世紀末、ヨーロッパまで待たねばならないが、その起源は諸説あり、唐との交易の中で、まだ謎の病としてしか分かっていなかった梅毒は、既にこの世界には持ち込まれており、無論それは厳重に対策が取られてはいたが、どうやったのか、
ただ、彼が女童を調達しやすくするためにだけに……。
そして不幸なことに、元現代人の葵の君が当たり前のように、人体に害を及ぼすことを知っていた『
「
「ええ本当に……うわさによると、早々に引っ越しをされるそうですわ」
「京に空きなどございますの? いまもそれが理由で、あのような貴族らしからぬ場所に、やかたを構えていらっしゃるのに」
「それが、我が家の主人が、代々、暮らしていらっしゃったやかたを、どういった経緯か手に入れられていたようで……」
「
不思議そうな顔で女房たちは、しばらくああでもない、こうでもないと話をしていたが、三代さかのぼれば、尊き血筋に辛うじて引っかかることも、そう珍しくないのが貴族社会。
つながりがあったのだろうと彼女たちは納得する。それから数日後、帝からの催促の
月日は流れ、葵の君の裳着の少し前、
急な引っ越しであったが、あの恐ろしい事件のあとであり、周りも気の毒にと思いこそすれ、なにも不審には思わない。
「今度のやかたは静かにございますね……」
以前の下町にあった屋敷には、時には外を行きかう民の大声が聞こえたが、ここは静かでよいと
敷きつめるように咲いている水仙の花が、
「ここは内裏近くの、大貴族たちのやかたが立ち並ぶ場所だからね。
「ああそれで、牛車の音以外は聞こえないのですね……」
「そういえば、春に大きな行事があるので、少し騒がしいかも知れないけれど、心配しなくてよいからね。左大臣家の姫君が
「まあ、摂関家の姫君が! どのように
「ひとめ目でも、いえ、わたくしたちには縁のない、どこまでも遥か遠い世界にございますね……」
「ああ、確かに。富の力でやかたを手に入れることはできるが『血』は買えないからね」
「でも、その日は、
そしてその日から、彼女は左大臣家の姫君の
「縁のない世界だ。いまはね……」
出仕する前に兄君が呟いた言葉を、
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