第63話 夜想曲 2
「
「君に言われてもね、“
たいそう同情した口調でそう言う
彼にとって妹君の命以外は、等しく“モノ”でしかなかったから。
「あいだてなし……」
『あいだてなし/度が過ぎている』と言う法師を、
「墓を掘り起こし、人骨を漁る破戒僧が、なにを言う? 徳高き尼僧の墓標を掘り起こす冒涜を犯した君こそ、わたしに言わせれば、あいだてなく、狂気に陥った存在にしか思えぬが?」
高尚な問答とは遠くかけ離れた会話の末、法師は
彼の研究の“残り物”を有効利用することが、死者へのせめてもの慰めと、自分に言い訳し、やがて恐る々々手伝いはじめる。
その結果、年月が経って風化した“ソレ”よりも、彼が提供してくれる“ソレ”の方が、格段に効果が高いことを法師は突き止めた。
その甲斐あって、
どうせ誰も分かってくれはしないのだ。それならば、この男に協力して己の修行を完成させようと法師は思い、破戒僧から“人でなし”に身を落とす。
彼の『
「妹君が心配でね。こうして読経を頼まねばならぬ時、君が捕まらない時は大変だ。なんとかなればよいのにね」
「ならぬ方が、よきことかも知れませぬな……」
妹君のことが心配で、そうでぼやく
「おや? どこかお出かけかな? 泊まっていけばよいのに」
「さる高貴な方から呼び出しを受けておりまして、早々に参らねばなりません」
「おやおや、徳の高い
「貴方様ほどではありません。それより最近、派手にやり過ぎたのでは? ここへくる途中も、そこら中を
「できるだけ新鮮な骨が欲しいなどと、君が贅沢を言うからだろう?」
そう
彼にある人間らしさは妹君である、
数週間前、彼に頼まれて、法師は京の市場に、自分の仕留めた獲物を時々持ってきている、貧しい猟師に内心で念仏を唱えてから、ワザと
「ひょっとして君は
「へ、へえ、そうでございやすが、一体どうして……」
猟師は
自分の赤くて大きな鼻は、いつも他人の印象に残るので、おかしな話ではない。一瞬、法師が自分の抱えている秘密を知っているのではと警戒したが、そんな素振りはなかったので、猟師は彼に思いきって、たずねてみた。
「もしや、その貴族様を法師様はご存じで?」
「まあ、知っているといえば、知っているかもしれぬが……」
歯切れの悪い返事に、猟師は頼み込んで、貴族の名とやかたを教えてもらう。
彼は大喜びで何度も礼を言いながら、市場をあとにしていた。
猟師は以前、
不相応に手に入れたあの時の金は、あっという間に
もし法師が教えてくれた貴族が、あの時の貴族であれば、自分を黙らせるために、最低でも倍以上の金を払って、獲物を買い取ってくれるだろう。
あるいは、これから先ずっと、彼からの見返りが期待できるかもしれない。
下卑た笑みをこらえ、法師に教えられた
思ったとおり、ここの
貴族は驚いた様子もなく、自分を思い出してくれて、彼の思惑通り、いや、思惑以上、これから彼が持ち込む獲物は、相場の三倍で買い取ってくれるとさえ言ってくれた。
大いに気をよくした猟師は、進められるままに、夢見心地で食べたこともない上等の食事を口にし、やがて気を失う。
食事に混ぜられていたのは、
大きな石の台のある暗い部屋に閉じ込められた猟師は、ぼんやりとした意識のまま、食事を取っては再び眠りにつく。そんな単調で同じような数日を過ごし、あの日、
猟師は
幻覚と
「ほら、あそこを見てご覧、ゆっくりと歩く
指差された方角を見ると、確かに遥か遠くに、いままで見たことがないほど、美しく大きな
「あぁ、あんなところに……いつの間に、山に帰っていたんだろう?」
「君が案内してくれると言って、帰ってきたのではないか」
そう言われれば、そんな気もした猟師は、焦点が定まらぬ目を、なんとか“
「美しい
猟師はそう言って、ふらりと立ち上がろうとして、やんわりと頭を押さえつけられた。
「あの
「今度も高く買ってくれるのか?」
「もちろんだ。君の獲物は新鮮だ……気をつけたまえ、今日は
そう言われた猟師はコッソリと、やかたをあとにして、夕闇に紛れて路地を渡り、柴垣(芝木を編んで作った垣根)と背の低い枝木の間を這いながら姿を消す。
身に染みついた狩りの本能だけ残して、
「………」
その前日、
彼は
彼女は自分がはじめて成功した、完璧に
今回、念入りに調整を重ねた『沈香と乳香』の加減で、彼女は母君の願いどおり、明るく朗らかな気力さえ取り戻した様子で、
自分の向かいで大喜びしていた
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