第219話 ここだけの話 3

※官僧の地位設定は、僧官>大僧正>その他、色々な階級の官僧。となっております。


 *


 そうした様々な報告を受けていた関白が、あとはどの状況で、どう話を持ち出すか? そう考えていた矢先、この大火の大騒動が起きていたのである。


 関白は葵の上に、北山の大僧正だいそうじょうの存在と立ち位置を教え、大僧正だいそうじょうが動いたこと、結果しだいでは、あちらこちらの寺の僧兵たちが動き出すだろうと予想を口にする。


 それを聞いて、葵の上は頭をかかえた。


 なぜならば、京は風水的な、葵の上曰く「魔法みたいな世界」の生み出した、怨霊や厄除けの結界は知らないけれど、平時に作られた都であるという特性上、地方からの交通の便がよい都であり、それは裏を返せば物理的には、『攻め易く守り難い』そんな都であるのを、前世の知識で知っていたからだ。


 彼らが動き出す前に叩き潰さねば、帝を頂点とする貴族社会のすべてが、帝を中心とした国を治める律令国家の構造のすべてが引っ繰り返りかねない。


 御祖父君が形だけとはいえ、もっとも高位である僧官そうかんや、北山の大僧正だいそうじょう一派よりも内裏とのつながりの方が深い、京に寺を構える官僧たちを、いまこのタイミングを見計らって呼び出したことに納得する。


 同じ官僧といえど、国政にすら深く関与をする僧官そうかんを頂点にする彼らと、北山の大僧正だいそうじょうを重くうやまっていた桐壷更衣きりつぼのこういへの寵愛から、帝に重用されている北山の大僧正だいそうじょうとその一派は、犬猿の仲らしい。


 今後のために官僧たちの特権をはく奪し、これ以上の権力への関りを断ち切っておかねばならぬが、やはり神仏の信仰のまとめ役である官僧のすべてを消し去る訳にはゆかぬ。それを考えてのこの差配なんだそうな。


 御祖父君はいまここで、この状況を作り出すことで、はっきりと貴族と彼らの間に序列を示し、僧官そうかんたちと、北山の大僧正だいそうじょう一派を、完全に切り離すことに成功していた。


 そんな訳で、“お白洲しらす”に並んでいる彼らは、関白の口から恐ろしい内容を知り、帝が、いや、今現在は実質的に朝廷のすべてを率いる関白が、自分たちの特権を一切合切はく奪してしまうに足りる。ともすれば都を追放されるだけでは済まない証拠を掴んでいることを理解して、そんな未来にひたすら恐怖に震えながら、庭に続く木階の前で平伏し謝罪を続けていたのである。


 関白への不満はあれど、朝廷に逆らうような大それた考えなどない、また北山の大僧正だいそうじょうたちとは、軋轢あつれきのある彼らには、青天の霹靂へきれきと言える話であったのだろう。


 葵の上は、『ここだけの話って、いつの時代も“ここだけの話”じゃ済まないよね。しかも今回は、めっちゃ大事になってる! 応仁の乱は、まだまだ先だったよね?!』そんなことを考えながら、平たい目で御簾の向こうにある“お白洲しらす”を見ていた。


 母君のことだけで、もういい加減、一杯々々なのに、「もっと頑張れ! まだやることがある!」そんな調子で事件が次々に押し寄せてくる。あんなに苦労して光源氏とのフラグをへし折ったのに! 普通、おとぎ話なら、もう『めでたしめでたし』的な、平和でのんびりした幸せライフなはずなのに! それともあれはフラグじゃなくてブラフだった?! これ以上、まだもっとなにかあるの?!


 葵の上は、世界に誇る王朝絵巻という格式の高さも忘れ、そんなことを心の中で叫んでいた。


 もうなんだろう、深窓のお姫様らしく、ここで気絶でもして、寝込んでしまいたい……それか、証拠もあるし、捕まえてから先制攻撃して、大僧正だいそうじょうの寺を焼き討ちにしてしまう?


 思わずどこかの第六天魔王のようなことを考えたが、やめておくことにした。自身には、なんとなくな、現代人的宗教観以下の信仰心しかないが、この世界はガチで呪いが存在する。リスクが高すぎると考えた。


 しかしここで引いてしまっては、飢餓や飢饉からようやく立ち直りかけている国のみんなの暮らしが再びもろくも崩れ去り、“京の都”全体が戦火に包まれてしまうかもしれない。


『が、頑張れわたし! どうしようかな? どうしたらいいのかな?!』


 心配そうな中務卿なかつかさきょうに、肩を抱いて支えられながら考え込んでいた葵の上は、気づかなかったが、“お白洲しらす”にいる官僧たちは、御簾の向こう、庭から食い入るように、彼女のいる方角を見ていた。


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