第83話 二人の邂逅 4
「あのっ、わたくしが、なんとかしますから……しっかりなさって!!」
そんな透きとおるような声を、うっすらと耳にしながら、
母君は気絶寸前の
『ヤバい! めちゃめちゃヤバい!
いますぐにでも逃げ出したかったが、ここで逃げ出しては本末転倒である。葵の君は念仏のように食品栄養素を心の中で唱えてから、御祖父君に抗議する。
『果物の栄養素で、ストレス排出! イライラ解消! 幸せホルモン“セロトニン”活性化! 玄米茶のGABA、テアニン、γオリザノール効果で、リラックス!!』
ここで
「あんまりですわ! いきなりのお話に、
葵の君の関白への抗議の声に、
『あっ“モヤモヤ”が薄くなった! やっぱりアレが生霊か!!』
「ま、ま、まったくです。関白のお言葉は、昔であれば正論ではございますが、
右大臣も声をしぼり出し、必死に延々といまの時代は……などと、いい年なのに、『若者の主張!』といった呈で、昨今の時代と儀礼の変化について、壊れた録音盤のように関白に進言し、自分が招いてしまった事件を、うやむやにしようとしていた。
四の君のため、否、右大臣家のために、この危機をなんとか回避せねばならぬ。彼はどんな朝議よりも真剣に熱弁を繰り広げる。
『ちょっと待って、基本的に正論なの?! あれなの? 顔を見られるって、知らない人に全裸を見られるより、恥ずかしいことなの?!』
葵の君は、顔を見られるのは酷く恥ずかしいことなんだとは思っていたが、つきつけられた、今生、いまの自分が生きている世界の常識に改めて驚愕する。
『顔を見ただけで結婚って! じゃあ、わたしも責任を取って
彼女は心の中でそう思ったが、残念ながら、裳着と公務はノーカンであった。
「まだ喪が明けてそう立ちませぬし、いまのところは、まあまあ……」
左大臣が口にした言葉に、右大臣はキッと左大臣を睨みつけて叫ぶ。
「なにがまあまあか?! もう少し時間を置いてからなら、我家の四の君と取り換えるとでも、そう言わっしゃるのか?!」
そして、その言葉が聞こえたらしい、
『あかん!! 駄目なヤツだ!』
「気を確かに!!」
あせった葵の君は、
「えっ!?」
腕の中の
もちろんまさか姫君が、自分を“持ち上げた”なんて思わずに、『
生霊パニックの葵の君は“お姫様だっこ(自分が持ち上げる方)”をしたまま、
前世の葵の君は、お姫様を夢見る自分的には、まことに遺憾ながら、長身の体育会系の、どちらかといえば、イケメンカテゴリーの女子であった。
小学校からはじまって、学校生活における彼女の学芸会の演劇ポジは、大体は『王子様』であったので、勢いにまかせて、その時のよくあるセリフを言ってみる。
「ご安心下さい。姫君はわたくしが全力でお守りします!」
「はい……」
『葵の君は本当に御仏の具現……』
つね日頃、姫宮のことがなければ、自分も早く
『よ、よかった! 火事場の馬鹿力って、ほんまやね!』
葵の君は
(最近、お腹に腹筋の縦線が!)
しかし案の定、ただテンパって、アドレナリンが出ただけのようで、すぐに腕の限界を感じ、
(衣装20㎏+体重45㎏としても、65㎏だから、よく一瞬でも上がったな! 頑張ったわたし!! だっていまはまだ十歳なの!)
そして驚きの色を浮かべながらも、なにか言いたげな視線で、こちらを見ている御祖父君の思惑に気づいて、誰にも気づかれぬように、視線だけを関白に流して目を細めた。
彼は、葵の君にだけ分かるように、ニンマリとした笑みを一瞬浮かべる。関白は自分の薫陶を受けた、賢くも尊き葵の君が、自分の意図を正しく受け取れると、理解していたから。
関白の見せた表情の意味を、葵の君は考える。先程の
しかし、本当の狙いは、四の君と違って実家のうしろ盾のない
元の源氏物語で光源氏が明石の君を、紫の上に育てさせたように、高貴な身分の正妻に姫君が生まれなかった場合、数多い妻の中で姫君が生まれれば、『血のロンダリング』ともいうべき、育ての親による姫君の身分の確立は高位貴族の中では、ままあること。
ましてや
子を育てるのは、基本的に母方の実家であるが、実家が消滅している
勉強地獄の一環で覚えた摂関家につながる血統一覧には、
そんな訳で、彼女は関白が欲しい物を、すべて持ち合わせているのだ。まあ、帝につながる血筋であれば、ほぼほぼ、なにかしら摂関家とは、つながってくるんだけどさ!
摂関家が右大臣家に現在、遅れを取っているのは、正にその“摂関家の姫君”という『手駒』が、自分ひとりしかない部分であった。
健康を取り戻した関白が、どんなに秀でた存在で、臣下の頂点にあっても、摂関政治をおこなう上で、数多くの姫君を有する右大臣家と違い、それは大きな不利であり、逆転できないハンディであった。
『そういう政治的な目のつけどころは凄いケド、わたしの命の危険的に、
葵の君かわいさゆえの、関白の行動であったが、彼女自身は、ややこしくなってきたなぁと思い、取りあえず時間稼ぎして、よく計画を立てないといけないと、気を引き締めた。
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