第226話 祓い 7
『クキ? クキキキ……』
ただでさえ恐ろしい空の色に、目の前の怪奇現象、
「ま、待て、お前は、いや
『キキキ……』
あの大火の夜に、
そう思った別当は、ピョンと跳ねてまたどこかへ行く
『ここで逃がしてしまって、もしそれが、
ちなみに他の人間には
「あのー、アレ、どうしましょう?」
「あれは……
「はっ!」
「
「そうでないことを願うよ……」
*
〈
大火のあと、
朝早くから焼き場では、異常とも言える数の遺体が次々と火葬にされ、遁世僧たちの読経が延々と響いていた。
「おい、今日はもうしまいだ! 引き上げるぞ!」
臨時で立ち会っていた役人のひとりが、日が傾いてきた中、まだ葬場で働く者に指示を出そうと、書面を片手に睨んでいる同僚に声をかける。
声をかけられた役人が、はっと気づけば、普段から
「しかし……この調子ではまったく追いつかんぞ。明日は明日で彼方に積まれている亡骸を葬る予定が……」
「しかたあるまい。陽が落ちたあと、ここではなにが起こってもおかしくないと、職人たちが帰ってしま……うわっ!!」
驚いて声を上げた瞬間、漂う煙と陽が落ちてできた暗がりから、尖った爪を持つ赤い毛むくじゃらの手が、にゅっと伸びてきて、役人たちを闇の中に引きずり込もうとしたが、駆けつけた貴族らしき男が腰の刀を、とっさにすらりと抜いて、勢いよくその腕を払う。体から離れた腕は、ボトリと地面に落ちた。
駆けつけた貴族は、検非違使の別当であった。彼はこの大火の騒ぎの中で、知らぬままに亡くなっていた妹君を見送りにきていたのである。
貴族ながらも、たいした血筋でもない彼女は、誰に気づかれるでもなく、ひっそりと第二皇子の女房に、後宮の入り口で迎えられて、あの大火の夜、右も左もまだ分からぬ後宮で、指図された皇子の母君の形見の品を取りに帰り、煙に巻かれて亡くなっていた。
命じた女房は、少しばつが悪く思ったが、これもあの子の前世の因縁であろうと、知らぬ存ぜぬでやり過ごしていた。
翌朝、心配になったものの、息子に言う訳にもゆかぬ……そんな風に、燃え落ちた内裏に妹君を探しに行った父君が、
大火の騒乱に職務で走り回り、いまだ妹君が出仕したことにすら気づいていない、息子の激怒を心配した父君は、流行り病で急に亡くなった……そう伝えるように周囲の者に念を押して、この場にきていたが、ただひとりの兄妹である息子が真実を知らぬのは、あまりにもひどい話だと思った母君が、こっそりと大内裏の検非違使所に、真実を書き記した手紙を持たせ、文使いを出したのである。
彼はまだ信じられぬ思いで、取る物も取りあえずここに駆けつけ、自分の顔を見るなり、引退を口にしながら、涙ながらに妹君の名を繰り返して呼んでいる父君を殴りつけ、大勢の親族の面前で罵倒したあと、先程まで呆然と妹君を見送っていた……そんな次第であった。
陰から姿を出した、見るも恐ろしい鬼は、血がだくだくと流れる自分の腕を拾うと、いますぐにでも襲いかかろうと、恐ろしい目で別当と刀を交互に睨みつけていたが、なんの感情も見せず、刀を構える相手をよそに、ふいになにか聞きつけた様子で、きょろきょろとあたりを見回してから、なにごともなかったかのように、腕を元通りにピタリと治した。
鬼は別当に襲いかかるのを止め、あちらこちらから飛び上がる黒い影に混ざって、空に舞い上がり、まるでい命拾いしたなといわんばかりに、ニヤリと笑い、「まだ遊び足らぬが、あの男に呼ばれては致し方なし、その胆力と勇気は褒めよう。これは褒美ぞ」そう言って、人差し指の爪先に小さな火を
刀はしばらくの間、まるで鍛え上げられているように、熱を出し赤く光を放っていたが、やがて元通りの姿に戻る。のちにこの刀は鬼神をも切り裂く妖刀として、その曰く共に名を馳せることになるが、まだそれは誰も知らず、彼はうろんな表情で刃に目をやってから、懐紙でぬぐい、鞘に戻してから、ふと呟いた。
「呼ばれた……?」
別当は鬼が消えた羅城門のある方角に視線をやる。地上には、こちらに向かう早馬らしき小さな影、
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