第244話 入れ替わる光と影 1
〈 すべてが終わったあとの
「それでは、やはり
「幸い火事は、ぼやで済みましたが、妹君の遺骨が、最早あったのか、なかったのかということすら、残念ながら判別ができませんでした。しかしあの男が犯人であったことには、間違いありません」
検非違使の別当の報告を受け、夕顔は息をのんでいた。
それから何日もたって、三条の大宮が患われていた目の病は、帝が手配された医師や陰陽師の祈祷によって、じょじょに回復する。
臣下へ降下が決まっていた光る君は、必死に
彼の処遇に関しては、密かで長い審議の末、表に出せぬ騒動であるし、新しい御代への障りになってはならぬと、彼は祖母の元へ初めから避難していた。そういうことで、公式には決着がついていた。
〈 関白のやかた 〉
「さて、光る君の元服だが、どうしたものか……」
そう言ったのは、誰より心配していなさそうな関白であった。手には光る君が、桐壺帝にあてて書いていた、事件の夜に押収した手紙。凝りもせず、葵の上を手に入れようとしていたらしい。
「
「……おおせのとおりに」
関白と帝のやりとりを、横で聞いていた
そんな
「屋敷内の差配はともかく、倒れた木々や崩れた橋など、やかたの大掛かりな修繕がまったくおぼつかぬとか……」
「なんと! はよう
東宮が帝となったいま、
そんな風に、京中を騒がせた事件は、すべて秘密裡に処理されて、
そうして世界は、葵の上を置き去りにすべてが動き出し、善政を行う朱雀帝の御代に、国中が喜びに沸き、世の中は明るい希望を抱いて、次第に活気づいてゆく。
元の
〈
葵の上は、ぼんやりと目を開ける。枕の横でなにかが動いた気がしたが、酷く疲れていたので、再び目を閉じて、ゆっくりと横になっていると、「今日は特別に冷えるから、葵の上のお部屋はもっと火鉢を増やした方がいいわね」そんな紫苑の言葉が聞こえた。側にいるのは
どうやら知らない間に、
『思いっきり
「大丈夫……そこまで寒くは……けほっ!!」
「……姫君?」
「また姫君って言っているわよ? わたしはもう……」
『北の方なのに』
葵の上が、そう言おうとした瞬間、紫苑が大粒の涙をポロポロこぼしながら、大声で「姫君!!」そう言って飛びついてきた勢いで、せきが止まらなくなった。
「やっとお目覚めになったんですね……もう、本当にいままで心配で心配で……」
「え? わたし、何日も寝込んでいたの?」
「五年です!」
その言葉に仰天した葵の上は、あの日、この源氏物語の世界にきた時と同じように、自分の体に異常に体力と栄養が不足しているのに気づく。
違うのは咳き込んだ拍子に、知らぬ間に口から火のついたトカゲの尻尾が、ごぽりと出たこと。尻尾は気づかれぬまま、しばらく床でうごめいていたが、どこからか聞こえた小さなかけ声と共に姿を消した。
紫苑の泣き声を聞きながら、横で固まっていた
「あの! その! お目覚めに!」
「北の方が、お目覚めになりました!」
「なんと……あの龍の姫君は、本当にやってくれたのか!」
すでに牛車に乗り込んで、出立しようとしていた
「葵の上!!」
そう呼ばれ、体を起こそうとしたが、首を、声のした方向に動かすのが、いまの彼女には精いっぱいだった。
「
自分の横にそっと座り、優しく抱きしめてくれたわたくしの元皇子様は、相変わらず超かっこよかった。
「あの僧侶はどうなりましたか? 母君は? 母君を早く助けに……けほっ!!」
そう言いながらも、まったく動かない体に、あせっていると、どこからか聞きなれた衣擦れの音がして、やっぱり、この源氏物語の世界に、初めてきた時と同じように、心配の余り全力疾走してきたらしき、誰よりもお美しく素晴らしい、母君の姿が現れる。
うしろにいるのは、
それでも初めに口にしたのは、心配でならなかった母君のこと。
「ああ、母君、ご無事だったのですね……」
「それはわたくしの言葉です!」
かけつけた母君に、握り締められたわたしの手は、すっかりやせ細り、息をするだけでも精一杯だった。母君は感極まったのか、涙をあふれさせ、手を握ったまま気を失い、
『相変わらず声までカッコいいな』
「帝と関白に知らせを! いや、文使いではなく、早馬を走らせろ!
「???」
声を聞いた随身のひとりが、素早く返事をして、嬉しそうな顔で姿を消した。
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