第31話 姫君の嗜み 1

『この間の怨霊、あれ、六条御息所ろくじょうのみやすどころじゃないよね? 登場が早すぎ……え、でも、ひょっとして御息所みやすどころ?』


 怨霊事件のあと、尚侍ないしのかみとしての、出仕を避けられぬと悟った葵の君は、年の押し迫った現在、宮中のことやらなにやらを、母君や父君からレクチャーを受けていた。


 そしてやかたの大きな池の側にある、誰も使っていない御堂おどうを見つけ、ひとりで仏を拝むためと、毎日四刻(二時間)ほどこもるようにもなっていた。


 式神の鳥『命名/ふじちゃん(ふーちゃん)』は、鳥籠でお留守番である。


『きっとなにかあれば籠なんて、ぶち破るだろうしさ』


「“ふじ”は、“不死”と“無事”と、この小鳥の“薄藤色”に、いんを踏んでいるのです!」


 命名者の紫苑は、どうだとばかりに、得意げにそう述べていた。「ただの駄洒落じゃないのか?」と、葵の君は内心思ったが、もっといい名前を思いつかなかったので、いい名前だと言っておいた。


 尚侍ないしのかみとしての出仕は、考えすぎると怖いので、住み込みのバイトのように考えることにしたが、自分だけがうっすらと知っている『源氏物語』の粗筋あらすじと、先日の怨霊を思い返し、御堂でひとり瞑想するという口実を作って、いま再び体をきたえていた。


 陰陽師おんみょうじのような魔法? が使える訳でもなさそうなので、頑張るといえば、つい体を鍛えて追い込んでいるのが残念な、武道系女子の葵の君であった。


 塩分も消費できるしね!


 さすがにしばらくは、怨霊の夢を見て飛び起きる毎日だったので、昼間はゴロゴロしていたが、母君づてとはいえ、『神/アイドル』の中務卿なかつかさきょうに頼まれたことでもあるしと、出仕に向けて色々と頑張っている最中である。


 お見送りしなくて失礼だったよね、もうなんか途中から、記憶が飛ぶくらい疲れてたから、いつの間にか寝てしまっていた。


 怨霊の方は対怨霊迎撃ミサイル搭載ドローン、『ふーちゃん』と、夜は一緒に布団に入ることで、メンタルの安定を図り、なんとか朝まで眠れるようになっている。


 一瞬は恋心かとも思ったけれど、あやふやな感情で、紳士を残念すぎるロリータな世界に誘うなど、言語道断である。


 もうひとりの命の恩人で優しい“六”、真白ましろ陰陽師おんみょうじですら、確実にアウトだ。


 だって、いまのわたしはどこから見ても、事実として九歳なんですよ!


 そんな訳で中務卿なかつかさきょうは、彼女の『神/アイドル』として、心の中で崇められることとなり、“六”は優しくて親切な魔法使いとして認識している。


 お手紙交換ができる神様って凄いよね!


中務卿なかつかさきょう尊い!』


 そして事件以来、もう今年は驚くこともないと思っていたら、今年最後の一撃となったのが、自分の御祖父君にあたる関白の『内裏襲来事件』だった。これには自分だけでなく、京中に衝撃が走った。(らしい!)


 母君に伝え聞いたところ、父君が怨霊騒ぎのあとの朝、引退したと言いながら、まだ名前だけは関白の座にある御祖父君(フィクサーと言う感じらしい!)に、葵の君を尚侍ないしのかみとして出仕させるために、書面にて助力をお願いしたところ、「摂関家の姫君が、いきなりの慌ただしき出仕とは何事か?」と、怨霊事件を白状させられたらしい。


 帝の件は、やはり黙っていて正解でしたと、母君はため息をついていた。


 うん、そうですね。父君はいい人なんですけどね。いわゆる裏表のない良家の子息なんですね……。


 御祖父君は、すっかり健康とはいえないけれど、わたしからのお見舞 兼 食生活管理アドバイスの巻物のような手紙を読んで、限界まで改善に取り組んでいた結果、最近では小康状態を取り戻していたらしい。


 父君を呼びつけた当日、そのまま父君を連れて牛車に乗り込み、京に残してあった寝殿(左大臣家のお隣は、御祖父君の関白家だった! 巨大な二世帯寝殿造りだったんですね! 空き寝殿だと思ってました! これで合わせて四町の広さですよ!)に戻ったらしい。


 そしてその翌日には、内裏での年末最後の会議に、正式な引退前に是非、今一度お目にかかりたいと、関白にしかできない荒業で、帝を無理やり昼御座に引っぱり出して、年明け早々の正月八日の女叙位にょじょい(国家的な貢献をした女君が叙勲じょくんされる日らしいよ!)にて、わたしの尚侍ないしのかみ決定を、もぎ取ったそうです。


 さすがに裳着もぎ(成人式)は済ませないと、出仕には、はばかられるということで、唐突ながらも、わたしは春に裳着をして、そしてその翌月、内裏への出仕が決定しました!


 ちなみに反対をとなえた公卿くぎょうは、大宰府に左遷が決まったらしいですよ!! 関白の権力って凄いですね! そして常識人の公卿は可哀想……怖いですね!

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