第204話 現代奇譚/クロスオーバーする青春/1

※コロナのない世界線です。


 *


〈 現代、大阪の最果てにある、名ばかりは都会的で、巨大な中之島学園大学(架空)内のカフェ 〉


 遠征や大会に出場する時は、いついかなる時もスーツ着用、その他にもさまざまな規約と恩恵と、それに見合った過酷な毎日を送る強化部に、それぞれ別々に所属する葵と花音かのんのふたりは、大学がカフェと言い張っているが、どう見ても食堂にしか見えないそこで、ランチタイムを過ごそうと、やってきていた。


 少し離れたテーブルには、芸能人よりイケメンだと、うわさされている3回生の京男きょうおとこ(※京都出身の男性)がいたが、すぐにどこかに消える。


 彼は花音かのんが入学したての頃に、ちょっとしたきっかけで、一瞬つきあっていた時に、なんと同時進行で4股と、トドメの出来事が発覚し、目の前にはいないすべての女の子を、他の女の子の前では、こき下ろすだけこき下ろし、責任転嫁をしてごまかした上に、全員にプロポーズしていたことが分かり、彼女に思いっきり怒鳴り散らされて、全員に謝罪させられてから捨てられた。そんな男であった。


 そしてその悪業が明るみに出るきっかけとなったのは、あの京男きょうおとこと同じく京都出身で、ひょんなことで仲良くなった、ミスキャンパスよりもダントツ美しい、そんな評判も高い、花音ちゃんと同じ学部の先輩で、京都の老舗料亭のお嬢さん、弘子ひろこさんだった。


 あの時彼女は、ふらりとふたりの横の席にやってきて、「ご一緒してもいいかしら?」そう言いながらコーヒーをテーブルに置いて、上品に横に腰をかけた。


 彼女が二年前に、葵祭の斎王代をつとめた時は、京都中で、日本中で……いや、電波とSNSの波に乗って、世界的にその美貌と知性はうわさになって、弘子ひろこさんに一目惚れをして、日本にまで引っ越してきた結構な身分の外国の留学生人もいるらしい。


 それにそんな話だけでなく、十六歳を過ぎてから、弘子さんには毎日々々、プロポーズしてくる男たちが門前市を成す。そんな状況なので「少しくらい息抜きしたいわ」そう言って、京都からこの大学に通っているんだそうな。ふたりには別世界の話である。


 弘子ひろこ先輩が座れば、ガタついたパイプ椅子が、高級なスツールに見える……その時、ふたりは思った。そして、ここだけの話やけど……と前置きされてから、あの世にも恐ろしい話を聞いたのである。


『あの男だけはやめとき…… あの男は、他にも沢山の彼女がいるし、その上、高校生時代につき合っていた同級生を妊娠させてしもて、実はもう入籍して、ちゃんと家庭まであるんえ?』


 その時、呆然としている花音かのんちゃんを先輩にまかせて、葵はスマホで誰かに連絡すると、合氣道部の部室に駆け込み、スマホで呼び出した同期の京都出身の部員を締め上げ、地元の合氣道つながりのツテをフル活用させて、それが真実であることを突き止めた。


「もの凄い話やなぁ……俺には彼女のひとりもいな……ちょっと葵ちゃん? どこ行くの?!」

「またあとで説明する! 今日は熱出たから、部活休むって部長に言っといて!」

「えっ?!」


 ひょっとして、このトンデモ男に、葵ちゃんは引っかかってたんだろうか……?


 部室のドアが大きな音を立てて閉まり、葵の姿が消えたあと、心配顔で、部室で座り込んでいた同期は、葵とすれ違いで部室にやってきた不思議そうな顔の3回生の先輩の顔を見て、アワアワといまの出来事を、身振り手振りで説明し、それを聞いて、葵ちゃんが被害にあったと、すっかり早合点した地元、関西出身な上に、その中でも圧倒的な言葉の荒さで有名な地区で生まれ育った先輩は、すぐに他の部員たちを呼び出すと、全員を引き連れて、彼らの部活とは真逆の雅で穏やかな時間が流れている京男きょうおとこが所属する和歌のサークルがある部室の前に立っていた。


「はよドア開けんかい! お前のとこの部員、うちの可愛い後輩に、なにしてくれとんねん! さっさと開けんかい! なめとんのか!!」


 木刀を手にした先輩とその他の部員たちは、ドアを蹴り飛ばしながら大声で、関西弁のネイティブもネイティブでないのも、そんな感じで怒鳴っていたので、文化系の部室が立ち並ぶ和歌サークルの部屋の前は、「殿中でござる! 校内でござる!」まさにそんな阿鼻叫喚あびきょうかんの大騒ぎになっていた。


 合氣道部の監督が、しばらくして飛んでくると、彼らを圧倒する大声で叱り飛ばして回収して行ったので、文化部の部員たちは、『触らぬ神に祟りなし……』そんな様子でそそくさと、自分たちの部室に帰って行った。


「葵がなぁ……気持ちは分かるけどな、何十代も続いた部活が下手したら潰れるやんけ!  お前らOBに顔向けできるんか?! なんでも一回、頭で考えてから動け! この意味分かるか?!」

「…………」


 彼らはそんな風に、正座したまま監督に一晩中、お説教をされていたが、なんの反省もしていなかったし、説教されながら、今度は穏便な復讐方法を考えていた。過酷な部活動を一緒に過ごす彼らの連帯感は、「血よりも濃い」まさにそんな風であった。


 ちなみに、京男きょうおとこは、間一髪のところで帰っていたので、和歌サークルの部員たちが受けた襲撃は、飛んだとばっちり以外のなにものでもなく、倒れた障子や襖などの備品を震えながら片づけて、うつむいたまま帰宅していた。


 その後、彼らがその日の騒ぎを黙っていたのは、大騒ぎを起こした相手が、恐ろし過ぎたのである。


「運動部なんて脳筋ばっかりで、ホント最悪……」

「しっ! 前から少林寺(拳法部)が歩いてきた!」


 そんな大騒ぎのことは知らず、葵は弘子ひろこさんがつき添う花音ちゃんのところに戻っていた。葵の姿を見て、弘子さんは、そっと帰ってゆく。


「あのさ……あれ、本当の話だったよ…」

「そう……のやろう……」

「……花音ちゃん?」

「葵、ちょっとつき合って!!」

「う、うん!!」


 そうして事実を聞いた花音かのんは、怒りの余り速攻でその日の夜に、フルフェイスのヘルメットを被ると、明かりもない夜道、かなりの手加減をした拳で、これはかわいそうな奥さんの分だと、一発だけ京男の鳩尾を殴って、彼に小さな闇討ちをしたのは、黒歴史であり、武道系女子としては最大の秘密である。


 その時、葵は周囲を見張っていて、道に倒れた彼を端に寄せ、そのまま置き去りにしたふたりは、隠しておいたバイクに二人乗りをして、海でも見ようと、そこから一番近い明石にある海岸まで逃げた。


 波打ち際で靴と靴下を脱いで、打ち寄せる波の感触を感じ、海をながめて歩きながら、花音かのんは、「わたし、大学卒業したら、京都に住もうって言われて……それで、結構、本気にしてて……」なんて言ってから口を“への字”に曲げて、空を見上げて、目からこぼれそうになっている水を、こぼさないようにしていたので、葵はとっさに、「もうあのしょうもない男のことは忘れて、これからまた前向きに行こう! そうだ! 今度、十枚食べきったらタダになる美味しいお好み焼き屋さんに連れて行ってあげる!」そう葵は花音かのんちゃんに言って、それから視線を合わした二人は、少し変な顔で見つめ合ってから、清々しく笑いあっていた。


 ふたりは、良くも悪くも切り替えの早い女であった。


 帰る途中、近くに住んでいる花音かのんちゃんのおじいちゃんの大きな家に、ついでだからと寄ると、豪華なお昼を出してもらった。でもおじいちゃんは親切だけど、なんというか強烈な人だった。


花音かのんは大学なんかすぐに辞めて、花嫁修業をしなさい。きっといい婿を、わしが探してやるから。バイクなんて危ない乗物も、すぐ辞めなさい。その綺麗な顔に怪我でもしたら国家の損失! 大変や!」


 花音かのんちゃんが、美人なのは認めるけど、これはまた凄いのが出てきたなと、葵は思った。


『昭和を通り越して、ひょっとして、戦前の生まれかなにかかな?」


「……世界一は少林寺拳法で狙ってるし、婿も自分で探すから要らんとよ! やっぱりくるんじゃなかった! もう帰るばい!」

「…………」


 花音かのんちゃんは、珍しく出されたご飯も食べずに、葵をバイクのうしろに乗せて、また来た道を帰って行き、葵は無言で、凄いスピードのバイクのうしろで、ふり落とされないように、必死にしがみついていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る