第6話 宮中の騒動 3

 事実、桐壺更衣きりつぼのこういが、后妃の中でも低い身分の更衣として入内しながら、寵愛を独占するまでは、子宝だけは神仏にしか扱えぬ領域とはいえ、弘徽殿女御こきでんのにょうごを筆頭に、しかるべき女御にょうご更衣こういが序列に従い、それぞれが、しかるべき順当な愛を帝から受け、表向きは穏やかで平和な後宮であった。


 それなりの浮き沈みはあるが、帝は、後宮においては、幾人かの后妃の頂点に、政治の重鎮である右大臣の娘で、自分の母である弘徽殿女御こきでんのにょうごを据え、何人かの親王と内親王も、他の后妃たちと一緒に、その周りを華やかに彩っていた。


 彼は平穏な治世を図るべく、貴族の頂点である摂関家せっかんけ嫡流ちゃくりゅうである左大臣には、ご自分の妹宮、内親王である女三宮おんなさんのみやを降嫁させ、彼女が産んだ息子には、弘徽殿女御こきでんのにょうごの妹君である、右大臣家の姫君との婚約を、強く勧めて了承させていた。


 やがて左大臣家には姫君が生まれ、あとを追うように生まれた第一皇子である自分と、ほどよい歳まわりの左大臣家の姫君の存在に、みなは次の東宮と東宮妃の内定を確信し、朝廷内にも平和な時が流れていたと聞く。


 帝と国家への心よりの忠誠心を持つ母君と、温厚な帝である父君は、国家の平穏という共通の目的もあって、それなりに仲もよく、折に触れ自分や内親王である妹宮たちを間に、四季折々のうたげなどを楽しみ、時折ではあるが、未来の東宮と目されていた第一皇子である自分も、勉学の合間を縫って、実際の朝議の席にも後学のためにと、帝に連れられて出席していたものである。


 しかし、それも遠い話……。


 いまでは管弦や四季折々の催しは言うに及ばず、帝は毎晩のように桐壺更衣きりつぼのこういだけを、夜御殿よるのおまし(寝所)に呼ぶ。


 それから朝になり、桐壺更衣きりつぼのこういとの別れがつらい帝は、出席予定の朝議(会議)の時刻がきても、桐壺更衣きりつぼのこういを部屋に返さず、歌をみ愛を語る。そんな日が増えてゆくばかりであった。


 人目をはばからぬ、帝の掟破おきてやぶりの桐壺更衣きりつぼのこういへの溺れっぷりは、都の権力構造の不安定化、引いては世の混乱を、ゆるやかに引き起こす。


 大臣以下、公卿くぎょうや重要な議政官たちは、何刻もじっと夜御殿よるのおましから、帝のお出ましを待つ日々が増え、まつりごとは次第に停滞して行った。


 間の悪いことに、唯一、帝の代理を務めることができる関白、摂関家せっかんけの当主は病に倒れ、長期療養の末に引退を口にして、内裏への出仕はかなわなかった。


 そんな現在、帝の決済が必要となる重要な政務の審議や議決は、頻繁に遅延や時間切れを起こし、審議の取り下げも相次いでいる。


 悪いことは重なるもので、ここ数年は国中で飢饉ききんが頻発し、小規模ながら反乱さえ起きる始末。


 東宮という正式な身分であれば、少しは自分にできることもあったであろうが、いまのところは有力な東宮候補の『第一皇子』それが、自分の立ち位置であった。


 ひとりの男と薄幸の美女の、どこまでも美しい恋物語は、一個人としては、絵巻物のように美しく、麗しい話ではあったが、国を治める帝の行動としては、由々しき事態を巻きおこし、表向きは平穏なれど、政界上層部を巻き込んで、国中の混乱を確実に作り出していた。

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