第214話 現代奇譚/クロスオーバーする青春/11

『闇討ち事件のすぐあとのお話/武道系女子大生二人の日常、とある相場師のお話』※葵シスターズ? が入れ替えまえのお話と、入れ替わったあとの花音ちゃんのお話です。


 明石から帰って、すっかり元気になった花音かのんちゃんは、その日も葵ちゃんと、食堂でランチにカツカレーと日替わり定食を食べたあと、クリームと桃が乗った“ふわふわパンケーキ(DX3枚セット)”を、食後のデザートに食べながら、葵の悩みに真剣に耳を傾けて、簡単すぎて笑いながら答えていた。


「バーゲンで買った新しいスーツを引っかけて、思いっきり破いたから遠征に着て行くスーツがない? 入学式に作ったのを着ればいいんじゃない?」


 そう言って二枚目のパンケーキを口に放り込む。美味である。


 いつも思うけど、花音かのんちゃんの胃袋はブラックホールかサルガッソーにでも、つながっているのかな?


 葵は、そんなことを思いながら、彼女のしごく真っ当な返事に暗い表情を浮かべ、日替わり定食の栄養を換算しながら口に放り込んでため息をついた。


「わたしの入学式のスーツ、お母さんのお下がりなの忘れた? 物はいいからっていう例のアレ……」

「……ああ、そう言えば……」


 ごったがえしている入学式の会場で、お互い高身長な上に、その日はどちらも高めのヒールのパンプスを履いていて、頭がひとつ出たクリアな視界で視線が合った縁で、仲良くなったことと、その時の葵ちゃんが着ていた、目が痛いほど派手な『でかい金のボタンのスカイブルーでダブルのスーツ』を思い出した花音かのんは、パンケーキをハムハムと食べながら、遠い目になっていた。


『あれは入学式で一番目立ってた! 悪い方に!』


 入学式のスーツは、普通は黒か紺が鉄板である。スカイブルーのスーツなんて、葵ちゃんだけだった。ましてやもっと服装規定のうるさい遠征試合に着て行く代物ではない。


「……今度の遠征はいつ?」

「来月の五日……」


 花音かのんはスマホのリマインダーで、さかさかと自分の予定をチェックしてから、ニッコリと笑った。


「わたしの大会はその3日前だから、クリーニングしてからスーツ貸してあげる! 大学に持ってくるから、更衣室で着替えればいいよ!!」

「あ、ありがとう!!」


 しかし、この時、葵はスッカリ忘れていたのである。花音かのんが意外に『ねぼすけ』であることを。


 遠征前日の夕方、大学の隅にある合氣道部の集合場所で、先輩の怒鳴り声がする。


「スーツまだ?! 貸し切りバスがもう出発するよ?!」

「す、すみません!」


『これを着るしかないのか? 入場拒否されるんじゃなかろうか?』

 

一応は持ってきたカバーのかかったスカイブルーのスーツを抱えて、そんなことを、ぶるぶる震えながら考えていた葵は、「こんなことならマンションに寄ればよかった」そう思って、絶望したままバスに乗り込み、高速のパーキングエリアの休憩時間に、ボンヤリとバスにもたれて行きかう車をながめていると、やたらとカッコいいオープンカーが、周囲の迷惑もかえりみず、派手な音を立てて、二台分の駐車スペースに半回転して急停止する。


「あ、あれは……」


 そう、そのであった。それは花音かのんちゃんの愛車で、どこのハリウッド俳優が乗ってるんだろうと、思うくらいカッコイイ『ロックスター』という名前のオープンカーで、それに乗って高速に乗ったバスを追いかけてきた彼女は、車からひょいと飛び降りると、カバーのかかったスーツを持って、息を切らせながらバスに向かって全速力で走ってきた。


「ごめん! ごめんね! お待たせ!!」

「う、うん、こっちこそ、ごめんね! 次のバイト代が入ったら、ちゃんとしたスーツ買うから!」


 そうして、葵ちゃんは無事に『“しゅっとした”紺色のスーツ』で、遠征の軍団に紛れ込んで会場入りし、無事に優勝を勝ち取ることになったのだが、その日の夜、葵を見送った花音かのんちゃんは、せっかくここまできたんだからと、パーキングエリアで温泉に入り、“絶品食堂”と書かれた食堂のカウンター席で、周囲の驚いた視線も気にせずに、名物のメガ盛りカツ丼をモグモグ食べていると、大音量の館内放送が始まった。


「迷惑駐車をされている“福岡ナンバー、さ〇〇―〇〇”のオープンカーでお越しのお客様、“福岡ナンバー、さ〇〇―〇〇”のオープンカーでお越しのお客様……他の皆様へのご迷惑になりますので、至急、駐車をやり直して下さい……」そんな放送を流されて、メガ盛りカツ丼を食べるのを途中で休憩した花音かのんちゃんは、ヘコヘコと頭を下げながら、駐車のやり直しをしていた。


 ちなみに花音かのんちゃんの、どうしようもない元カレの“光る君”は、現代の日本社会に生まれ変わった光源氏は、兄とは違い前世の記憶はあった。


 しかし帝の皇子でもない彼には、現代でその記憶をどう活かしていいか分からなかったし、やはり早くに亡くなった母の面影をたどって、運命の相手を探していた。


 違い過ぎる時代のギャップを克服するチャンスは、父を始め自分を特別扱いする周囲の存在ゆえに、自分がどれほど悪いことを、取り巻く女の子たちにしているのか、根本的に理解できなかったのである。


 生まれ変わった光源氏は、その才能を唯一発揮できる場所を、芸術の分野に求めたのだけれど、父親の時代とは違い、コンプライアンスが幅をきかせる時代が到来していたので、前出の通りの彼自身の行動が災いして、いつしか周囲から敬遠され浮いてしまう存在となってゆく。


 そして花音かのんちゃんは、実は『明石の方』の生まれ変わりだったのだけれど、こちらはまったくもって、なんの記憶もない様子で、かすりもしない人生と生活の中で育っていたので、現世の二人は一瞬だけ交わってすれ違い、別々の道を歩む。


 そんな訳で元の花音かのんちゃんが、桐壺更衣きりつぼのこういに拳を叩きこんだ勢いで、運命の“軸”が大幅にずれて、『槍』に生まれ変わったのは、実は大成功で、元の源氏物語から転生してきた謎の新しい『花音かのんちゃん』は、お察しの通り自分の人生を散々父親と光源氏に振り回されて、無理に彼の妻のひとりにされたあげく、愛をささやかれながらも、母親である自分の身分が将来、光源氏の悲願である娘の入内への障りになると言われて、最愛の娘を取り上げられた明石の方だったのでした。



〈転生した明石の方のその後〉


「わたしは結婚願望なんて、ひと欠片かけらもないですね」


 花音かのんちゃんこと、元、明石の方がそう言ったのは、転生後、すっかり現代社会に溶け込んで、社会人になったある日の夕方、休日に元副部長さんと並んで、バイクをいじっていた時に、早々に結婚が決まった葵ちゃんの話題が出た時のことだった。


 いまの生活を満喫しているが、前世の父親のような目障りと厄介がひとり。つい愚痴が出た。


「は――、祖父が早く結婚しろってうるさくて、毎日毎日、見合い写真と釣書を送ってくるんですよ!! 今時!! ひらひらーっとした綺麗なドレスとか、花嫁衣装は着てみたいとは思うんですけど、いい加減しつこいから、いつか爆発しそうで……」


 花音かのんちゃんの例のおじいちゃんは、明石の入道もどきは、まだまだ元気だった。


「ほ――、結婚はしたくないけれど、ドレスや花嫁衣装は着たい……」

「どうかしましたか?」

「いや――、実はウチの親父が、早う結婚せい結婚せいとうるさいけん、なんとかしたいんじゃけど、俺も結婚願望がのうて困っとるんじゃ。家も継ぎとうないし……」


 そう言ってから、彼は明石の方をじっと見ていた。


「……なに考えてます?」

「ドレスやなんやらは、全部思い通りの物を着てもらってかまわんから、俺と結婚してもらえんかのう? お互いの弾除けに!! あ、離婚したくなったら、すぐにできるように、離婚届けも書いて渡しておくけん!! どうじゃろう?」

「……いい話ですね、でもあとで、やっぱり神様の御告げだからって、子供が欲しいって言いだしたり、その子供をもっといい条件の奥さん見つけたからって、連れ去ったりしないですか?」

「そんな鬼か悪魔みたいなこと、誰が思いつくんじゃ?! お前は変わっちょるの――」

「…………」


『光源氏って言う男です……』


 すっかり現代社会に馴染んだ明石の方はそう思い、いまならあの男、会った瞬間に海に突き落とすのに! そうも思ったが、目の前で悩みを口にし出した元副部長さんの泣きごとに、とりあえず集中する。


 実は元副部長さんは、朱雀と葵の君が御神刀を持って訪れた日本でも世界的にも有名な、とある神社の跡取りで、仏教系の少林寺拳法をしてていいのかと、その時点で明石の方は思ったが、高校まで日拳にっけん日本拳法にほんけんぽうをしていた彼は、いまは神道系の合氣道をしていると、家族には言っているらしい……嘘も方便というヤツだろうか?


 それでもって、神主? のお父さんの体調が悪くて、早く結婚をして跡を継いで、何百年の伝統をどうのこうのと、毎日電話が何時間もかかってきて、せっかく大学院に進んだものの、もう精神的にも生活的にも限界らしい。


「じゃけど絶対に嘘なんじゃ。大学に進学する時から、ず――っと言っとるけん!」

「……いいですよ。その代わり、約束は絶対に守って下さいね」

「ありがとう! オヤジがうるさかったら、二、三発、殴ってくれても、全然構わんし!」


 見つめあったふたりは、お互いの利益と不利益を計算すると、力強い握手を交わしていた。



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