第80話 二人の邂逅 1
〈 裳着の翌朝/左大臣家/
左大臣家の東の対に泊まっていた、
「これはなんですか? えっ、ハト麦茶?! 肌によいと大宮と姫君がご愛用?」
『あら、わたくしとしたことが少しはしゃぎ過ぎてしまったわ』
元東宮妃であり、
自分の側仕えの女房たちも、興味津々の表情である。
きっと、こういうことが切っかけで、ちまたで喧伝されている“左大臣家の姫君の嗜み”と言われる、さまざまな新しい美容方法が広がっているのだと彼女は思った。こういった類の話が女房たちの間を伝い、京中を駆け回っているのを、彼女は知っている。
『お茶で顔を洗う……確かに大宮は昔と変わらず、いえ、いまの方が美しい肌をされていたけれど……』
年相応の姫君のようなふるまいをしたことに、心の中で反省をしながら、恐る々々顔を洗う。
(なんだかいつもより、しっとりしているような気も?)
顔を洗ったあとにと、左大臣家の女房に勧められて、用意された謎のトロミのある液体(くず粉で作ったハト麦の保湿ジェル)も、澄ました顔ながら、実は興味津々で顔につけてみた。
(もっと、しっとりしたような気も?)
『帰る前に手に入るかどうか、女房に確かめてもらわなければ……』
彼女は元々“新雪”のごとく、ひと際に白く、抜けるような透きとおった肌の持ち主であったが、最近は疲れがたまっているのか、肌の乾燥が気になっていたので嬉しかった。
のちに出会う予定の光源氏に、知性と気品、美貌を褒め讃えられ、熱心に口説かれながらも、いざ恋人になると、気位が高くて息が詰まるなどと、散々に勝手なことを言われ、思いつめて生霊になってしまった
急なことで、なんの用意もなかったが、目の前には、『
明るく若々しく、華やかな色合いが多いのを見るに、左大臣家の姫君のために仕立てられていた
未亡人という立場から、品がありながらも、地味な色合いの
「そうね、せっかく、大宮がご用意して下さったのですから……」
屋敷に引きこもって暮らす女君にとって、衣装選びは楽しい時間。ましてや、目の前に用意された衣装の数々は、後宮での華やかな生活に慣れていた
美しい衣装は、女主人の深く沈んでいた心すら浮き立たせてくれたようで、これだけでもきた甲斐があったと、彼女に忠心を持つ女房のひとりは心密かに思った。
厨子棚に用意されていた、新しい
藤紫色の袴に白の小袖。
上品で優しく若々しい姿は、常日頃、精一杯の背伸びをしている
生活に不自由はなくとも、頼りになる両親もなく、幼い姫君とふたりで心細く暮らしていた彼女は、大宮の優しさと気づかいを、なによりも嬉しく感じる。
東宮の亡きあとも、いつでも頼りにしてくれと、お手紙を頂いていたのに、亡き東宮の言葉ゆえ、つい遠慮していたが、大宮のおっしゃるとおり、わたくしと大宮は、義理とはいえ近しい姉妹の間柄。
なにかにつけて、思い詰めることの多い性格の自分は、
「朝の御膳が整いましてございます」
しばらくして、そう左大臣家の女房が伝えにきたと聞いて、
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