第79話 宴のあと 2
残りの陰陽師たちも、料紙に包んだ蛇の死骸と共に、彼のやかたに徒歩で向かった。
夜空には大きな満月が浮かび、照らし出された朱雀大路を真夜中だというのに、沢山の牛車がぞろぞろと列をなし、それぞれなにがしかの返礼として送られた美々しき
年頃の姫君に届けられた歌を見た父君が、牛車の中で肩の荷を降ろしたり、降ろさなかったり、細やかな悲喜劇もあったが、大体はそれぞれ楽しい春の夜であった。
「庭から入ったのでしょうか?」
「この種の蛇は、このあたりにはいません。これは多分、典薬寮で薬として保存しているような、南方の毒を持つ蛇かと思われます」
「内々に調べよ、怨霊が使えぬと分かって、恐らく仕掛けられたのであろう」
ふと、人の気配がして視線を向ける。いつの間にか、そこに“六”がいた。誰もいないのを確かめて口を開く。
「そなたと出会って、一体どれほどの年月がたったのか……“六”、否、『 』そなたは、わたしが命を救った時に、いつの日にか、恩を返すと言ってくれていたが、その恩は、葵の君のために取り置いてくれまいか?」
いつになく懇願するような、彼に似合わぬ様子に、“六”は薄く笑う。
「もとより貴方様に命を救われ、寛大にも友としての時間をいただき、その上、姫君によって、
「いや、まだいい」
“六”は彼の返事に、意外そうな顔をする。
「いかに希代の陰陽師とはいえ、後宮での“荒事”は分が悪い。それに“怨霊”が先だ。あちらは確実に姫君の命に係わる」
やはり聞いていたなと言う表情で、
証拠はなにひとつなく、それがゆえに姫君は、関白と自分にだけ、打ち明けたのであろう。だが、否定した訳でない証拠に、彼は『まだいい』と、“六”に言っていた。
「分かりました。いつでもどうぞ……」
言葉の裏を察した“六”は、不敵な笑みを浮かべ姿を消す。
“六”が『式神』を通して手に入れた、二人しか知らぬはずの情報は、彼にとっても耐えがたいもので、たとえ“冥府魔道”に落ちようとも、姫君のためとあらば、彼はそれを是として、実行するつもりであった。そして葵の君が彼に口づけられていた、あの時、鋭く感じた胸の痛みを、不思議に思う。
「きっとあれは、姫君が心配だったからだ……」
“六”は、自分を納得させるように、そうひとりごとを口にして、光景を忘れようと首を振り、同僚の元に下がっていった。
一方、
あのご様子では、目が覚めても姫君は、なにも覚えてはいないだろう。今後、酒は飲まぬように伝えねばと思い、自分さえ忘れてしまえば、はじめからなかった予想外の出来事なのだからと、今日の出来事を振り返りながら、何気なく唇を触る。
指に少しついた赤色に、姫君が唇に差していた紅だと気がつき、慌てて
「しかし、どうしたものか……」
彼は誰に聞かせるでもなく、そう呟くと、しばしの眠りにつき夢を見た。
『もし、もしも、そうなったら、わたくしと駆け落ちしてくれますか?』
夢の中に現れた、悲しそうな顔の
彼は姫君の『夢』に比べて、下心が透けているかのような自分の夢に、お告げどころか、罪悪感しか覚えられず、雑念を払おうと弓道場に足を運んだ。(なにせ、自分が見る夢ときたら、なんの暗示にもならないモノばかりだと、彼はいままでの人生で悟っている。)
「わっ!」
出仕前に弓道場に立ち寄って、弓を放っていた、
「……すまん」
「どうかなさいましたか?!」
「昨日の大任の疲れですよ。あの関白の孫娘である、摂関家の姫君の裳着でしたから」
「姫君はどのような方でございました?」
「………」
その頃、
『昨日の夜、なにがあったのか……』
昨日は左大臣家で御主人様は、左大臣家の姫君の裳着の腰結役という、大役を引き受けて、特に問題なく、牛車に戻っていらっしゃった。
『なにがあったんだろう? ひょっとして、うちの御主人様にも、やっと春が……』
家人は主人の内心も知らず、彼の装束を抱えて、しばし夢を見ていたが、飾り太刀の鞘についた刀傷を見つけ、まさかとんでもない事件だけは引き起こしてないでしょうねと思いながら、そろりと太刀を抜く。
案の定、刀身には血振りの痕。真っ青な顔で証拠隠滅、もとい、刀を手入れするべく手早く研ぐと、彼は
『御主人様こそ、竹光を持ち歩いて欲しい!』
彼はそう思った。
〈後宮/
春を迎えた頃から姫君ご出仕までの準備のために、後宮にある
その数は優に四十名を越え、後宮でも一、二を争う規模であったが、姫君に加えて帝の同腹の妹君である大宮も同行されるゆえ、大きな話題にはなっているが、表立ってはどこからも苦情はなかった。
いまでも籍だけは内務省に属する大宮つきの『
「あら、お久しゅうございます! また、お会いできて嬉しゅうございますわ!」
そう言いながら、御園命婦に声をかけてきたのは、帝に仕える女官、
先帝から二代に渡って、帝に仕えるこの
本来であれば、名誉職である
「久しいのう
女官としての地位的には
“コレ”が姫君の支えになるはずがないと、
姫君の出仕まであと少し……。
*
『多分、本編と関係の無い小話/引き出物? 編』
裳着の宴に行った時に、台盤所の試作品“蜂蜜酒/ミード”を、一瓶もらってきた、蟒蛇の“伍”
参「そんな物はもらってない」福袋みたいな詰め合わせの箱をのぞいてる。
伍「台盤所の試作品なんですよ。じっと見ていたら、くれたんです!」凄く物欲しそうにながめていた。
六「卑しい……意外と甘くない」蜂蜜の薫りがする白ワインみたいな味でした。
伍「酷い!!」なにかモヤモヤしていた“六”に全部飲まれてしまったのでした。
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