第236話 修羅場 9

「時代とはいえ、ほんと疲れる。光源氏だけじゃなくて、母親も、超、前世主義者……」


 わたしは前世でも来世でもなく、いまの自分の目に映る世界と現実が、大切だと思うんだけど。お寺に寄付して、念仏唱えてれば、いいってもんでもないと思うんだけど。頭おかしくなりそう。


「まあでも、とりあえずこっちは、これでいいとして……」


 葵の上は独り言を言いながら、御神刀を両手でかかえ、現実を見つめようと、目を閉じて考える。まだ時々自分を襲う頭痛は治らない。頭痛と共になにかを思い出しそうで、なにも浮かばなかった。


 しかし、例のピンク姫は『桐壺更衣きりつぼのこういの怨霊を退治すれば、あとはなんとかなる』と言っていた。夕顔によく似た少女の魂は、『わたしたちが殺されたのは、桐壺更衣きりつぼのこういの命を長らえるため……わたしたちを殺したのは、見知らぬ僧侶と貴族』と言っていた。


 と、いうことは、さっき庭にいた僧侶は、絶対に女童めわら誘拐殺人事件の犯人のひとり。そして、あとひとりの犯人は絶対いる訳で……誰なんだろう? 今日もいるんだろうか? まったく見当もつかない。


 しばらく考えてみたが、やはり彼女には某有名な推理小説の主人公のように、驚くべき記憶のつまった脳内の博物館は、持ち合わせはなかったので、順守するべき考えをひとつ捨てることにした。


『さよならコンプライアンス……』


「早くここを出て、あの坊主をしばきあげて白状させよう!」


 やはり彼女はお姫様には、なりきれない残念な女であった。


「でも、どうやったら、ここから出られるのかな?」


“六”と将仁まさひと様も心配だし……と言うか、“六”って希代の魔法使いで、将仁まさひと様もまさか桐壺更衣きりつぼのこういと、女童めわら誘拐殺人事件がつながっているなんて、思ってもいないだろうから、急がないと坊主を白状させる前に、成敗されちゃうかも! ああ、スマホがあれば!


 しかしながら、周りは桐壺更衣きりつぼのこういの作り出した氷壁だし、天井を見上げても届きそうにない……。


『テレパシ―とか使えないかな?!』


 そう思った葵の上は、丹田に精神を集中させると、“六”に向かって、「わたしは無事なので、その坊主を捕まえて下さい」それから将仁まさひと様にも「わたくしは庭にある大きな岩に閉じ込められています!」と、何度も何度も念じてみる。


「……やっぱり返事ないか。しょうがない、とりあえず、なんとか上に向かって登って……」


「登ってみるか」そう言いかけた時だった。いきなりいかづちが落ちたような轟音と共に天井が崩れ、龍の彫刻がほどこされている“深緋こきひ”のこの世のものと思えない輝きを放つ、巨大な穂先が天井を突き破って、頭の上に降ってきたのは。


「ひえっ!」


 考える時間もなく、思わず自分の頭上に御神刀を両手で持って、勢いよく持ち上げると、穂先は御神刀のさやにぶつかり、はぜるような音と衝撃がする。次の瞬間“深緋こきひ”に押し負けた御神刀は、葵の上の額に鈍い音を立てぶつかっていた。


「いった――っ!」


 大猿事件の運命の女神の部屋と同じく、岩の中と外ではサイズが変わってしまい、葵の上の大きさは子猫ほどになっていたので、この程度で済んだのは奇跡といえば奇跡だったが、岩の中から助け出された葵の上は、中務卿なかつかさきょうの腕の中、薄れる意識の中で、「かぐや姫とか桃太郎も命がけだったんだ……」そんな馬鹿なことを考えていた。


 岩が割れたと同時に、白い世界は姿を再び消していた。空には輝く三つのお月様。


『お月様きれい……』


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