第220話 祓い 1
関白が誰よりも大切に扱っている
「
「し、しかし、あの方は帝の大層なお気に入り……」
「
「帝が重く扱っていたとはいえ、それは過去のこと!
出家した者にとっては最も重い、破門宣告といえる『
内裏に参内した折に、
もしいまここで北山の
元はといえば、御仏に仕えることが本分であるのにも関わらず、北山の
『もうお願いだから静かに平穏無事に暮らしたい! 自分の美しい寺に籠って、念仏三昧で穏やかに暮らしたい!』
血筋のよさもさることながら、元々ことなかれ主義であるがゆえに、いまこの地位にある
そして葵の上は、御祖父君から聞いた『ここだけの話』の内容と、
まあね、官僧も大概だし、わたしも嫌いだけど、あの
官僧、母君、あと『源氏物語』の通り、いまも変わりのない横柄な貴族、葵の上は再びため息をついた。
御祖父君の横にはなぜが東宮。いつも顔を会わせていたのに、どこか大人びて、いままでとは雰囲気が違う少年に、なぜか既視感を覚えた。どこかで会ったような気がする。
しかしそう思った瞬間、鋭い痛みが頭の中を走り、その考えは葵の上の中からすぐに消えて、彼女は関白の話に集中した。
『うわぁ、絶対権力者(御祖父君)、めっちゃ嬉しそうな顔してる!! 嫌な予感しかしない!!』
御祖父君は、それくらい生き生きとしていた。
『あと百年は生きるのではなかろうか?』
「さきほど右大臣が、老いぼれの北山の
「右大臣はさぞお困りでしょう……ご心配ですね。ですがわたしはご承知の通り……」
母君のことで頭が一杯で、できることなどない……そう言いかけた葵の上に、関白はとんでもないことを言いだした。
「安心せよ、そなたにあった“御仏の御告げ”を伝えてやると、すっかり元気になって帰って行った」
「は? “御仏の御告げ”……?」
関白は、不思議そうに首を傾げている、照り輝んばかりの愛くるしい孫娘に、機嫌よさげにほほえむと、鷹揚な態度で脇息にもたれかかりながら口を開いた。
「ではこれからわたしの『御仏の御告げ(“計略”)』を話そう……」
「そのような図りごとに、神聖な葵の上を利用することはなりませぬ!! ご自分の大切な孫娘を、政争に巻き込むおつもりか!!」
「そなた、帝が巻き起こしたこの国難を見捨てると申すのか? この二年、天運に恵まれて豊作が続いたとはいえ、まだまだ先は暗く危うい。帝がすべての儀式を放棄している以上、葵の上がもたらしている“御仏の御加護”にも限界があろうが! それが国家を支える
「……と、とりあえず、とりあえず、御祖父君のお話をうかがいましょう! えっと、もしかしたら、わたくしの見た“夢見”と、関係があるかもしれませんから!」
葵の上は、とりあえずその場を収めようと、そんなことを口走る。
押し寄せる災い、揉める目の前の祖父と
この分だと東宮も承知だろう。そしてそれが彼をここまで大人びさせたことの理由に違いないと感じる。
右大臣からの報を受けて、関白が今日決行を決めた『御仏の御告げ(“計略”)』の大体の話を聞きながら、葵の上は、いつぞやの
今回は物理的な命の危険はなさそうではあるが、自分には一番よく分からなくて、この世界の人々が重視する『祟り』に関わる話に、“六”は元気にしているのだろうかと、彼のことを思い出していると、不意に一陣の風が吹き込んで、彼が御簾の外、孫庇のあたりに姿を現して驚いた。
それから一刻もたった頃であろうか? 葵の上は、関白の言うところの『御仏の御告げ(“計略”)』を心の中で暗唱しつつ、『いつか御祖父君には、本当に天罰が下るんじゃなかろうか?』そんな心配をしながら、
「少しふたりだけで、話ができますか?」
「……分かりました」
葵の上は今更ながらに反省をする。いまから行うことは、いくら国のためとはいえ、東宮を担ぎだして、彼の実の父親である帝を陥れることなのだ。
それを分かっている
この人も、かつて自分がすれ違った本物の“葵の君”も、『源氏物語』という絵物語という舞台の中で、光源氏が輝きを増すためだけに用意された、運命の女神のお粗末な『道具立て』でしかなかったことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます