第253話 入れ替わる光と影 幕間2
さて、話は再びそれるが、
なぜならば、
そんな現状を憂いていた帝や
はなからそのつもりであった帝の一声により、あっという間に
新しい
それに合わせて、右大臣の北の方のように、夫のために非常に家政を上手く取り仕切っている方も、それまではできることが当然とされていたが、同じように、それも優れた能力として、情緒のない存在ではなく、賢夫人としてたたえられ、大火の事件に影で尽力をしていた『白月の会』に所属していた北の方たちは、
その後、右大臣の北の方は、大切な家政の教育を、各家庭に任せている現状を憂い、他の『白月の会』の北の方たちと話し合い、通信制の『家政通信教育学校』を始めるために尽力をする。
まだまだ女子大学寮に通う意思の強い姫君よりも、時代的には右大臣の北の方のように、家政をとりしきることを第一とし、外に出る必要もないと考える家庭や姫君も多かったことから、ある程度の教育はきちんと収めるが、あとは木版印刷で大量に発行された『家政百か条』を手に入れ、家政にまつわる教育を、ご自宅で学ぶことも大流行となる。
現代の視線から見れば、彼女たちの行動は、ごく小さな一歩であったが、時代的には天地がひっくり返るほどに、大きな一歩であった。
そして、女子大学寮が設立されたがゆえに、少し先の未来で人生が覆った姫君が二人いた。
ひとりは、故
彼女は出家していた兄宮が、さすがに少し心配になったのか、親戚筋に諭されたのか、ひょいと顔を出したかと思えば、青天の霹靂……そんな、とんでもないことを勧められていた。兄宮は彼女に『女子大学寮』に通えと言う。
「お前は、ある程度の教養はあるのだから、試験を受けて女子大学寮に通えばよかろう。そうすれば生活に困ることもなくなるであろうし、卒業をして
そんな「らしい」だの、「だろう」だの、どこで聞きつけたのか分からない話を、兄宮にいきなり持ち出され、急かされるようにして、
「文官と武官の選択がございますが、いかがなさいますか?」
女子大学寮から合格を告げにきた使者に、当然のようにそう問われ、彼女は慌てて、「文官にします!」生まれて初めて出した大きな声で答えていた。女官吏はまだしも、女武官は彼女の想像外だった。
「とにかく生活に困ることがなくなって、ようございました! いってらっしゃいませ! お帰りまでに、おいしい物を、なにかご用意いたしますね!」
「…………」
もう最後のひとりしかいなかった女房が、支給された大量の米俵やら布地やらの山の横で、満面の笑顔を浮かべて、そう言いながら見送っている。
そんな風に、彼女は支給された米を売って購入した真新しい牛車で女子大学寮に通うようになっていた。主席で入学をしていたので、他の姫君よりも破格の待遇であったから、なんとか最低限の体裁をつくろうこともできた。
「しかたないわね、雨漏りがする訳でなし、きれいに掃除をして、庭の草だけでもむしっておきましょう」
そう言って女房は、主人も大学に通って留守がちなので、奉公人と一緒に、せっせとやかたの掃除をしていた。下働きのようなことを自分がするのは、大いに不本意であったが、もうやかたを売って夜逃げを勧めた方が……。そこまで追い詰められた生活をしていたので、苦にはならなかった。
一方、牛車に揺られていた
「とにかく華やかな京に出たい!」「
彼女たちは色々なことをさまざまに思い、いぶかしがる父君たちを、説き伏せたり、説き伏せていなかったりしながら、なんとかかんとか京に出てきていた。
なにせ、一口に地方といっても、京を遠く離れた地域になると、自分たちの住むやかたと役所以外は、いわゆる竪穴式住居に毛が生えた……そんな、想像もつかぬ程の田舎であった。
姫君たちは、ある者は船を乗りつぎ、ある者は延々と牛車に乗り、海を越え野を超え山を越え、ようやく羅城門をくぐり、目にしたあまりにも美しい京の景色に、ポカンと口を開けているばかりであった。
なれぬ京の都で右往左往していた姫君たちは、いつも朝一番からうつむいて、文机に向かっておられるし、席を立つ時もつつましく
のちに光源氏には、憐れまれて援助はされるが、顔の造作に始まり趣味や性格など、すべてを生涯に渡って、ことごとく笑いものにされ、馬鹿にされ続ける人生のはずだった彼女は、この世界では、彼と出会うこともなく、数年後、無事に内裏に正式な女官吏として出仕していた。
女子大学寮でできた、仲の良い姫君たちとの会話や、やがて出仕した
内裏務めで帰ることもないと、早々にやかたも人に貸し出したので、より収入も安定し、「少し古風でいらっしゃるけれど、
また
内裏での仕事は多忙ながらも、彼女は平穏で穏やかな人生を手に入れ、
その物静かで生真面目な仕事ぶりは、内裏内でも評価され、帝は彼女が引退する時に、ひとり暮らしにやかたは、かえって管理も大変であろうと、京の中にこぢんまりとした、趣味のよい邸宅を特別に彼女に下賜された。
そんな風に
彼女が亡くなったあとには、下賜された邸宅は、ご自分のように身寄りなく、引退を迎える女官たちが、気兼ねなく老後を送るための場所にして欲しい。
そう
女子大学寮で学ぶ姫君たちが、卒業までの間は、空に飛び立つ前の蝶のサナギとでもいうように、極端に華美を排するのが常識になったのは、実は彼女の貧しさゆえの装いからの、誤解が原因だったが、あまり裕福でない家の姫君たちは、大いに助かっていた。
「結局、お顔を、まともに見ることはなかったよね」
「常識的に考えて、のぞきこむなんて
「一回でいいから見たかったよね」
殿上人たちは、決して顔をまともに見せない彼女を、『
人生が覆ったもうひとりは、
彼女は、受領の娘として生を受け、
やはり、はじめは周囲に呆れられ、驚かれてばかりであったが、女子大学寮は大学寮とは違い、女官吏としての振舞いや礼儀作法も、女房とは一線を引きたいという帝のご意向で、なにもかも初めから学べたため、さすがに人より卒業までの時間はかかったが、
「ねえ聞いた? 今年は優秀な卒業生だけに特別なご講義を、
「えっ、ほんまに?! マジでございますの?!」
「
「!!!!」
彼女は寮長の言葉に、思わず両手で口元を押さえていた。女子大学寮が大学寮と違うのは、この朝廷による寄宿舎制度であった。大学寮にも
が、女子大学寮は、基本的に
閑話休題。
*
※寄宿舎は『曹司』と呼ばれていたそうなのですが、曹司(部屋)と被るので、寄宿舎と書いています。
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