第117話 三箇夜餅 4
「姫君は“
「え?」
「……」
「お餅?」
『まったく聞いていない……』
葵の君の口の端についたプリンのかけらを取って差し上げながら、
母君が聞けば、「ちゃんと説明はしたはず」と、首を傾げられたことと思われたが、あいにく彼にはあずかり知らぬことであった。
仕方がないので姫君に、内実は緊急の避難措置であるけれど、正式な婚儀だと周囲への周知への布石として、
「形式上のことゆえ、姫君は普段と変わりなくお過ごし下さい。わたくしは内裏から持ち込んだ仕事をしま……」
「仕事をしますので、お構いなく」そう言おうと思ったのに、少し首を傾げていた姫君は急に明るい顔をして、顔の前で手をあわせ、「せっかく通っていらっしゃるなら、ぜひ剣術を指南して欲しい」そんな、とんでもないことを言い出した。
「姫君が剣術など覚えてどうするのですか?」
眉間を指で押さえ、大きく息を吐いてからたずねる。
「わたくし二度も怨霊に出会って、なんの役にも立たなかったことを、本当に反省しています! やはり日々の鍛錬が大切だと猛省し、きちんと稽古を積もうと思いました! 是非、
「~~~~」
『そんな方向で、反省してもらいたかった訳では、決してないのだが』
いつものことながら
「南無阿弥陀仏……」
そう呟きながら、うれし気な姫君に案内されて、たどりついたのは、葵の君が、なにかと重宝している大きな
中に入り扉をしっかり閉めてから、どこからか姫君が取り出したのは、
「……」
なるほど、通用はしなかったが、姫君の慣れた太刀捌きに、
どうやら姫君は
『そんなつもりで渡した訳ではなかったのに……』
そう思いながら、諦め半分、怪我をさせぬよう、姫君の相手をするが、一を教えれば十を知る、そんな風に少し教えただけで、みるみるうちに上達する姫君の綺麗な太刀筋と、体捌きに目を見張る。一度の手ほどきで、これほどのことを軽々とやってのける才能が、そら恐ろしかった。
葵の君にすれば、時代も流派もなにもかも違う上に、木刀での稽古ばかりではあったが、前世での十七年近い稽古の、基礎と鍛錬ありきであった。(もちろん彼はそんなことは知らない。)
それから三日間、周囲がふたりで
そんなこんなで、
「なんだあれ?」
いきおい左大臣家の風呂殿を借りることになった
後日談として彼は、一応臣下の中でも、最高額に迫る
三日目の夜が明け、真白の陰陽師たちは、
“六”は、少し寂しそうに、姫君を見つめたあと、初めてこの世界にきた時に身につけていた小さな宝珠に似たものを、葵の君に再び渡してから、ふたりの前を一旦下がった。
しかし彼は眠っている姫君を、一度ゆり起こし、ボンヤリしている彼女に口づけをひとつ落としてから、体になんの変化もないことを確かめると、また眠ってしまった姫君の髪を撫ぜ、うしろで様子をうかがっていた“六”たちは、左大臣家をあとにした。
「これだけが、姫君を愛したわたくしが差し上げられる“忠心”と“
ひょっとして葵の君が、一歳年上の藤壺の姫宮のように、色めいた情緒のようなものを、少しでも、かもし出せたり、持ち合わせていれば、時代的な背景もあり、話はまた変わったのかも知れないが、生憎、彼女には『やる気・元気・勇気』そんな健康的な標語と雰囲気しか、持ち合わせがなかったので、なにも、かもし出せてはいなかったので、葵の君は、母君が涙ぐむ中、少し照れつつも、「お餅おいしいな」、などと、中務卿の横でパクパク食べているのを、微笑ましく見つめられているだけだった。
それに
*
『平安小話/左大臣家のお風呂』
弐「あの建物は風呂殿らしい……」左大臣家の話をしている。
六「大きすぎないですか?」ナゾ建物だなぁと思っていた。
弐「なんか、こう、大きなタライが二つあって、温泉のようなものが、たっぷり入っているらしい」牟婁(和歌山に行った時に入ってきたことがある)
六「ふーん」
六「温泉ってなんですか? おいしいんですか?」
葵「よ、よかったら、帰りに入って行って下さい。早朝は誰も入っていませんから!」なんか申し訳なかったと慌てている。
寝起きの紫苑が、なんでわたしがとか言いながら、風呂殿を案内しているのでした。
六「凄い……」
紫「“特別”に入ってもいいって姫様がおっしゃっていました」“六”なんか、特別扱いしなくてもいいのにと、プリプリしながら姿を消した。
伍「うちにも、あるといいですねぇ……」隣の巨大なタライに入っている。
六「わっ!」
弐「これ、商売にならないかな……めっちゃ気持ちいい……」
結局、全員で朝ご飯風呂に入って帰ったのでした。
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