第233話 修羅場 6

 玉鬘たまかずらが消えた同時刻、花音かのんちゃんは、かなりばつが悪い思いで、築山の影から大騒ぎを見ていた。


『変な坊主に鬼や妖怪』の大乱闘を、見物人のようにながめていると、あの大火の時に少女を必死で助けていた小さな姫君が、少し離れた場所から、勢いよく向こうから走ってくるのが見える。


 暗がりに浮かぶ姫君の顔は、どこかで見たような、とても姫君らしくないきりりとした顔。


『あんな小さな少女が、多人数掛け、いやあれだ、百人組手とかより酷い状態なのに、必死に駆けつけようとしている……本当のヘタレはわたしだよ……』


 平安の事情にまったく疎い花音かのんちゃんは、あんなに勇敢な平安女子もいるんだ!! なんてビックリしたし、方陣の中の大変な騒ぎに、なんとなく、うわさだけ知ってる、某空手の荒行の百人組手を思い出していた。多分全然違うけど……。


「わ、わたしも手伝わなきゃいけん! う――ん、でもいまさらどんな顔をして……うん?」


 先程見た東宮と呼ばれていた皇子様っぽい少年の顔が、頭の中でフラッシュバックする。やっぱりあの少年をわたしは知っている。


「誰だっけ? 痛い! いて! いてててっ!」


 鋭い痛みが走る頭の中の記憶を、必死にたぐり寄せていると、ふわりと音もなく、おどろおどろしい十二単姿の幽霊が、岩の間から湧き出した紫色の霧の中から姿を現すと、音もなく“つ――”っと目の前を横切って、お姫様に近づいてゆく。


 あれはさっきの十二単を着た地獄太夫じごくたゆう……うん?


『あ――! 思い出した! あの時の悪者看護師――! あと、あの皇子様の顔は、昔の朱雀部長!』


 葵の記憶の中から、彼が消えたように、花音かのんちゃんの中からも、彼の記憶は消えていたが、そのひらめきをきっかけに、彼女は一気にこの世界に関わる人々の記憶を、思い出すことに成功していた。


 なぜならば、彼女は葵と違い、朱雀帝の今現在の顔を、“朱雀部長”の顔を、昔から知っていたし、桐壺更衣きりつぼのこうい花音かのんちゃんには、なんの関心も抱いていなかったので、かなり呪いの影響が薄かったのだ。


“朱雀部長”は、花音かのんちゃんと同様に、子供の頃から全国大会でも、優勝を重ねるかなり有名人であり、葵の上こと葵が知らなかった彼の、皇子とソックリな部長の『ご幼少の顔や姿』を、花音かのんちゃんはがっちり覚えていた。


 もちろん葵が、注意も払っていなかった“悪者看護師”こと、桐壺更衣きりつぼのこういの顔も覚えている。


『なんだか分からないけど、ここで頑張らないと、いずれ“朱雀部長”のご先祖様が死んでしまう?! もしかして他の大学の嫌がらせ?! うちの大学の三十連覇を阻止しようと、部長とわたしを消そうとしてる?! お姫様は巻き添えになってる?! 絶対に助けなきゃっ!』


 事情をまったく分からず、とんでもない陰謀論を思いついて、焦りに焦った花音かのんちゃんは、誰も気づいていないらしい“悪者看護師”が、向こうにいる坊主を操っていることも、気がついた。


 彼女は、さっと手を伸ばして“悪者看護師”を捕まえようとするが、まるで、なにもなかったように掴むことはできず、ちらりとこちらを見た女は、手をこちらにかざしてから、またお姫様の方に向かう。


 するとすぐに、じわりじわりと自分は、足元から薄れてきて「このまま黙っていれば、元の世界に戻してあげるわ……」そんな声が頭の中に響いた。


「それは助かります……なんて訳あるか――! 許さんっ! 絶対に絶対許すか――! “六”こいつが犯人!」


 そう“六”に大声で叫んだが、まったく聞こえていない。まるで“透明人間”にでもなってしまったようだ。


 すでにジワジワと姿が消え出している。消える前に、なんとか伝えようと、一縷いちるの望みをかけて築山を飛び越え、地獄太夫じごくたゆうを追い越すと、お姫様の方角へ走って行った。


『あの子なら、自分が“やり”から出るきっかけになったお姫様なら、わたしが見えるかも!』


「ちょっと話を聞いて――!」

「えっ?!」

「あっち! 本体は、あの地獄太夫じごくたゆう!」


 いきなり声をかけられて、不思議そうな顔で振り返ったお姫様に、花音かのんちゃんは内心ガッツポ―ズをした。やっぱり見えた!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る