第42話 女叙位 4
〈 後宮の話 〉
帝の
帝が昼間の生活の拠点とする
〈
年末に、左大臣家の姫君の
彼は相変わらず痛む腹のあたりをそっと手で押さえ、隅の方で
華やかな行事が目の前で繰り広げられているが、彼は上の空で、自分が巻き込まれた
あの時、上司である
その上、なぜか右大臣まで、わざわざ
小心者ながらも、極真面目な男である別当は、そのあとすぐに、二通の手紙をしたため、左大臣に使者を立てていた。
一通目の左大臣宛てには、
広さも格式も弘徽殿と同じくらいで、
深い事情は知らないが、彼は上司である
もし姫君が身分の低い出自であれば、他の后妃たちが黙ってはいないであろうが、姫君は関白の孫娘、摂関家の姫君であり、その上、母君は帝と同腹の元内親王であらせられる。
正直に言えば、入内前の
女御はおろか、中宮、皇后すら望める、臣下の姫君の中でも最高位に立つ存在ゆえに、
来世、現代人に生まれ変われば、彼は有能な不動産の営業マンになったことであろうと思われる。
上司の言う内密な話を聞いた時、公務の円滑を打ち出して、
上層部には上層部の思惑と事情があるのだろう。藪は突つかずに暮らすのが一番である。なにより姫君は、あの関白の孫なのだ。
先日の大納言の左遷は、関白が直接なにも口に出さなかったにも関わらず、右から左に書類が流れてゆき、あっという間に彼の大宰府ゆきが実現していた。恐ろし過ぎる話である。
あと一年もあるかないかの関白の引退までは、否、彼が
『極力、顔を会わさずにやり過ごそう!』
そう彼は正月早々に決意していた。
ただでさえ左大臣家に、ご用聞きといった呈で、腰低くうかがった時に、なぜ関白までいるのかと冬なのに汗をかき、頭が真っ白になりながら、姫君の後宮で送る生活に関する希望をうかがう羽目になって、一度、面倒ごとに巻き込まれている。
姫君からは風呂殿の増設と、母君のご同行という『たったふたつだけの控えめな希望』と横柄に言う関白と、横で鷹揚に構えている左大臣の前で、彼は深々と平伏し、左大臣家の風呂殿を目にしてから、建設にかかった費用を聞いて真っ青になり、工期が間に合うのかと、倒れそうになった事を思い出す。
風呂殿は
『左大臣万歳!』
そして彼が送った二通目の手紙の宛先は、左大臣家の姫君、葵の君であった。
気づかいと挨拶を書きつづった手紙ではあったが、形式的に自分は上司になる訳で、なにひとつ知らない姫君のご様子や人柄を、頂けるであろう返事越しに、わずかでも確かめたかったのが、手紙を送った理由の中で一番大きい。
左大臣家にうかがったその日、姫君にもご挨拶をと思ったが、生憎と姫君は博士の講義中とのことで、ご挨拶はかなわず残念であったが、左大臣家からの帰りぎわに、自分宛の唐紙の手紙と、椿の花が添えられた美しい塗箱を、姫君の側につかえる女房から受け取った。
とはいえ
末尾には『世間を知らぬ身ゆえに、ご苦労をおかけするかと思いますが、出仕後は、よろしくご指導のほどを』との内容で締めくくられていた。
添えられていた美しい塗箱は、御弁当と干菓子。手渡してくれた女房が言うには、左大臣家へ出向くことで、仕事が遅れるのではと、姫君からのお気遣いとのことであった。
彼は、日に々々、悪くなる腹痛の原因は、彼女たちではないかと、たまに思うことすらあった。
『上司も怖いけど』
大貴族の姫君の集まりだから、悪気はないし仕方がないとは思うが、(
正直、『
後宮という華やかながらも、げに恐ろしい世界を担当している彼は、内心そう思っていたが、姫君に頂いた手紙には、拍子抜けするほど、少しも頼りなきところは見当たらず、むしろ
そう言いたいくらいに、心優しく気品に満ちた、うわさ以上の才が溢れる内容であった。
姫君は、内親王であった三条の大宮の姫君、そして自分の上司である
彼はきっと大宮に気を遣うあまり、姫君の公務を完全に補佐するように、自分に命じたのであろう。
その時の別当は、そう得心して、久々に腹の痛みを忘れ、後宮への帰路についていた。
案の定、残業になり、手渡された御弁当を食べていた彼は、ふと思うことがあり、内裏からの帰りに寄り道をして、大内裏の
この人、大内裏で生活してるんじゃないだろうか? いつでもいる気がする。
「また、後宮で騒動か?」
うんざりした顔の上司に、心が折れそうになりながら、彼は勇気を出して意見を具申した。
「あ、あの、左大臣家の姫君の件でお話しが……」
「どうした?」
彼はその日、珍しく上司に褒めてもらうと、翌朝、宮中の食事をつかさどる
姫君が帰りぎわに、ご用意下さっていた、美しき彩りと風味が溢れる美味な『御弁当』から察するに、とても
(後宮の食事は、いわゆる内親王時代の母君の食べていた、お塩たっぷり&見栄えに全振りの料理が用意される手配であった。)
そんなこんなを別当が思い出しているうちに、関白が左大臣家の姫君の代理として、堂々と
儀式が終わり、
それから関白から届いた
姫君がご出仕なさるご予定の、春の終わりまでに、新しく用意する畳が予定通りに届き、横の庭のひと隅に増設している、風呂殿の完成を待って『
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