第211話 現代奇譚/クロスオーバーする青春/8

〈~令和の相場師こと、花音かのんちゃんのマンション~〉


「ひ――え――、これ、超超高いブランドの指輪! 本気2000%! 誰にもらったと?! まさか、まさか弘子ひろこさんの指輪をこっそり?!」

「なんてこと言うねん! これは、あんたのところの部長さんにもらっ……あっ!」

「えええっ?!」


 葵は自分だけの秘密にしておこうと思っていたのに、花音かのんちゃんのあんまりな言い草に、つい口走ってしまっていた。


 仕方がないと腹をくくって、ここだけの話だと言いながら、ことの成り行きを、かくかくしかじかと説明する葵に、カゴにピラミッドみたいに積んだ冷凍ミカンを、パクパク食べながら聞いていた花音かのんちゃんは、うらやまし過ぎてため息をついた。


「なにそのおとぎ話! なぜ、わたしにそのバイトがこなかったと?!」


『すぐに手も足も出そうだからと思う……』


 葵はそう思い、ボコボコになった京男きょうおとこの親子を想像したが、それは黙っておいて、とりあえず少しだけ地味な方の指輪を、左の薬指につけて学校に行くことにした。そしてお互い稽古が休みの、ごく貴重な休みの時はデートをしていた。そんなある日のこと、葵は行先の希望を言ってみた。


「海遊館に行きませんか?」

「海遊館に?」

「地元なんですけれど、意外とこれが近くて行かないというか、観覧車も綺麗だって……」

「うーん、行ってもいいけど……観覧車はやめようね」

「???」


 しかし、結局、ふたりはせっかくきたからと観覧車に乗って帰ったが、特になにごともなく秋が過ぎ冬を迎え、葵は、いつもなにかとお世話になっているゼミの教授に、ある日、引き留められた。


「どうかしましたか? なにか運びます?」

「いや、君が朱雀と婚約したと聞いて、おめでとうと、言っておこうかと思ってね」

「え?」


 知らなかったけれど、この学校の看板でもある、世界的な言語学者の中務なかつかさ教授は、彼の母方の親戚だったそうな。大学の敷地は広いのに、人間関係は超狭いな!!


「いえ、えっとその、正式に婚約した訳じゃなくて、まだ体験入部的なおつき合いというか……」

「今度、理事長が東京から会いにくるって言っていたよ。いい子だって伝えておいたから」

「…………」


 なんだか話が大きくなってないか?


 なお、中務なかつかさ教授に気づいた弘子ひろこさんは、当然のことながら、『こんなところに一番の邪魔者が!』などと思っていたが、調べてみると彼は男ばかりの兄弟の末っ子で、特に結婚願望もなく「研究に打ち込めればそれでいい」そう言って周囲に「そろそろ結婚を……」なんて言われても面倒がって断っているらしい。


「ふ――ん、その辺の性格は、基本的に変わってないんやね……」


 そんな情報を聞いた弘子ひろこさんは、精一杯のおめかしをして、眩しいくらいの美しい姿で、まったく関係のない彼の講義に潜り込んでいた。念のために人となりを周囲に聞いてみたり、自分なりに観察してから、少しの間、目を閉じていたが、かっと目を見開くと、彼の研究室に乗り込んで、次の瞬間、逆プロポーズをしていた。


「先生! うちの家に婿に入ってもらえませんか? もちろん研究のお邪魔はしませんし、なんなら研究以外、な――んにも気にしなくて大丈夫な環境をご用意します!」

「え……?」


 中務なかつかさ教授こと、前世の記憶がなさげな中務卿なかつかさきょうは、いきなり現れた、とんでもない美女の爆弾発言に驚いたが、大学で一番の美人と誉れ高い、甥で理事の朱雀の幼馴染のことを思い出し、目の前のこの女子大生が、その幼馴染弘子ひろこさんだとあたりをつけた。


『きっと幼馴染で仲のいい朱雀に婚約者ができて、ヤケになっているんだろう』


 彼はそう思い、「それはありがたい話だけれど、わたしは客員ながら一応は教授だし、学生とそういう関係になる訳にはいかないから」


 そう言って丁重にお断りを入れて、そっとドアの外に送り出すと、やれやれとため息をついた。翌日、昨日は驚いたなあと思いながら、資料を整理してからコーヒーを飲んでいると、慌てた顔の甥の朱雀がやってくる。


「なにかあったのか?」

「なにかって、さっき弘子ひろこさんが、教授と結婚するので大学を中退するって、退学届けを僕に渡して行ったんですけど!! いつの間にそんな関係に?!」

「!!!!」


 彼は朱雀にそう言われて、コーヒーを思わず吹き出していた。



〈 弘子ひろこさんのお家のお茶室 〉


「すぐに先生を婿取りしたいから、大学を中退する?」


 孫娘の言い出した言葉に、なにごとにも動じないと評判の大女将おおおかみは、少しだけ驚いた表情で、お茶を立てていた手を止める。


「ええそうです。男はんばっかりのお家の末っ子やし、お顔も頭もええ人で、年まわりも丁度ぴったり。研究にしか興味のない人ですけど、その分野では世界的に有名な方やから、わたしの父親とは違って、よそにも聞こえがええし、真面目で物静かな方です。料亭の仕事を手伝ってもらうことはできませんけど、婿には家のことに口出しされへん方が助かります。こんな条件のええお相手は、滅多に転がっているもんやないですから、手遅れになる前に、いますぐに手を打ちたいんです!!」

「まあ……あんたがそこまで言うんやったら、間違いはないやろうけど……もう、お相手に承知はしてもらったん?」


 弘子ひろこさんは、満面の笑みを浮かべて、自信たっぷりに返事をした。


「それはまだですけど、わたしが決めたことですから、承知させてみせます」

「そうか……なら、好きにしたらええわ。あんたは言い出したら必ずやり遂げる女やから……」


 弘子ひろこさんこと、元、弘徽殿女御こきでんのにょうごは、その日以来、押しの一手で教授を攻めていたが最終的に、「実は……わたし、跡取り娘で、婿を取らないといけなくて、でもどうしてもと父が勧める相手は……父と同じで女癖が悪い人で……あの、もし承知して頂けましたら責任を取って、わたしが幸せにしますから」「…………」寂しそうに弘子さんはハンカチで、そっと目元を抑えながらそう言い、あまりの急展開についてゆけない彼を、結局、同情と押しを浴びせ倒して、寄り切っていた。


 彼女は数日後、大勢の信者に涙を流して見送られながら、最後の登校日、車一杯の沢山の薔薇の花束を、諦観ていかんの境地(※悟り、諦めること)、そんな表情をした中務なかつかさ教授に、自分の黒鳥ブラック・スワンのように綺麗なシルエットのポルシェに積んでもらい、堂々と退学して行った。


 彼は前世と同じく、可哀想な身の上の女の子を見過ごせない性格で、弘子ひろこさんはそこにつけ込んだのである。


 余談ではあるが、彼女には、「まあアレ(桐壷帝)に比べれば、なんだってマシ!」それくらいの結婚感しかなかったが、結構大正解だった! 結婚から十年後の記念日、そんな感想を胸にしまったまま、自分の夫になった中務なかつかさ教授の向かいで、シャンパングラスを上品に軽く持ち上げて、にっこり笑うと、結婚十周年のお祝いをしていた。


 *


『小話?』


葵「魔法が解けた?! 毎日あのままの顔がいい!」←振袖を脱いで、プロがしてくれたメイク落とした。(道着につくからと、普段は大体ノーメイクでした。笑)

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