第168話 災いの種 3
京に黒々とした夜が訪れた頃、とある大きな寺の境内で、巨大な
やがて炎から生まれた不気味な“モヤ”は、自分に触れたすべてを腐らせながら、空高く舞い上がり、内裏に向かって飛んでいった。
“モヤ”が内裏の上に到達し、ゆっくりと降りてゆくように見えたその時、夜だというのに、どこからか一羽の小さな藤色の小鳥が“モヤ”に向かって飛ぶ。小鳥は大きな光を放つと、内裏の上に半円状に広がってゆき、“モヤ”を跳ね返したあとその姿を消した。
内裏の警護にあたる武官たちは、その怪奇現象に驚き、
その日、内裏そばの陰陽寮で
彼の弓からは、なにもなかったはずなのに、光の矢が三本どこかに飛んで、やがて見えなくなる。
「
「ああ、しかもいまのは、完全に“葵の君”を狙った“呪い”だ」
同じく
「怨霊は消えたはずでは?」
そう言われて“弐”は、大猿事件で葵の君が“料紙の束”に書き込んだ内容を思い出し、この世の浅ましさを疎ましく思いながら、
「また、新しいヤツが生まれたんだろうよ、“人”というものが存在する限り、“欲”はなくならず、“怨霊”や“呪い”は何度でもよみがえる」
「姫君は誰かに恨まれるような方ではございませんよ?」
「近頃は『薬師如来の具現』のおかげで、
「寺の立場って……あ、そう言えばこの間の!!」
“弐”にそう言われた“伍”は、貴族からの寄進の減少を『信心のなさ』、
帝は相変わらずのご様子で、お姿を出すこともなく、神祇官で適当にあしらって帰らせたようであったが、その内の一人の僧侶が
「僧侶って、世俗の生活を捨てて、仏の道に励んでいるんですよね?」
“伍”は、わざとらしく両手をあわせて、仏を拝むポーズをとり、かわいらしく首を傾げる。
「まあ、人によりけりなんだろうけど、この間の“ご一行”よりは、俺の方が清貧だろうよ」
「物欲の固まりじゃないですか」
「……あんまりな言いぐさじゃないか?」
翌朝、“弐”は、“ふーちゃん”を、葵の君が探しているという話を小耳にはさみ、大慌てで藤色の料紙で鶴を折っていた。
「“ふーちゃん”が見つかりました!!」
その日の夜、紫苑はそう言いながら、
「こんなに……くちばしが長かったかしら?」
「こんな感じでしたよ。それか、昨日の騒ぎに驚いて伸びたのかもしれません」
「……」
葵の君はしばらくの間、変な顔で“ふーちゃん”を見つめていたが、
その次の日、京からそう遠くない寺が全焼したという知らせが、早くも
その衝撃的な内容と、内裏で僧侶の起こした騒動が、あわせて載せられていたことから、人々は『薬師如来の具現』である
人々の知らぬことながら、寺が全焼したのは、もちろん“弐”が放った『見えない呪詛返しの光の矢』のせいであったが、豪華な牛車に乗って大路をゆく僧侶たちは、近頃の悪い評判も加わって、より一層、厳しい目で見られ、親戚筋にあたるはずの貴族たちからも、苦言を述べられ、距離を取られる始末であった。
第二の宮中を支配している官僧たちは、自分たちの意向が御仏の威光だと考えていたので、『薬師如来の具現』と呼ばれ、なにかと目障りな左大臣の姫君のことを、苦々しく思っていたが、まさか御仏に仕える自分たちから、
「よいできだ。なるべく派手にやれ、ただ、あからさまにならぬよう気をつけよ」
「はっ……」
そう腹心の家人に言っていたのは、やかたの中で瓦版を手にしていた関白であった。そして、内裏の騒ぎを聞いて、いささか驚きはしたが、宮中の陰陽師や警護の実力と守りの固さに感心し、葵の君の無事に安堵する。
そして、それがゆえに、
やがて季節は新しい春になり、帝が出席なさらないという前代未聞の中、昨年の秋の終わりから、ようやく体調を取り戻された関白が、帝の正式な代理として準備万端おこたりなく儀式を執りおこない、第一皇子は無事に東宮位に
そして、悲しみに沈む帝を置き去りに、それなりに世間の時は流れ、
たった二年、されど二年、『恋と愛にたわむれ、美しさと雅やかさに囲まれて流れてゆく王朝絵巻』そんな風に初期設定がなされ、そう運命の女神の創り出したはずの世界は、そこから離脱してしまった世界は、葵の君の存在と、彼女を取り巻く周囲の変化ゆえに、大きく流れが変わりはじめていたが、光る君の帰りを聞いた、そんなことはつゆ知らぬ帝は、ようやく清涼殿に姿を現すと、皇子の美しくも尊い姿に感動し、涙を流しながら光る君を抱きしめていた。
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