第236話 新マネージャー
ようやく泣き止んだ只野さんを前にして私は一度翔君を見る。
翔君は私の視線に気付くと、一瞬だけ困った顔を見せた。
さっきまでの自信満々な態度とは真逆な反応にその甘えてくるような態度に私は少しだけずるいって思った。
ここから私のターン、少し腑に落ちない。
とりあえずどうするか、私は頭をフル回転させ考える。
まず、彼女を直ぐに一人にするのは怖い。
翔君も視線で私にそう言っているようだ。
ここはやはり責任者、顧問のキサラ先生も交えて今日までの事、今後の事を相談しなければと私はへたり込む只野さんに向かって言った。
「とりあえず学校に行く準備をして貰ってもいいかしら?」
「え? あ、はい」
「一応顧問に報告しないとね」
「そ、それは……」
「大丈夫、あの先生なら、ね?」
不安そうな顔で見つめて来る彼女に、私は笑顔でそう答えた。
「は、はい」
只野さんはゆっくりと頷き、のそのそと立ち上がると制服に着替え始め……って!
「ちょ、ちょっと只野さん!」
翔君が驚いた顔で只野さんをじっと見ながらそう言う。
「……え? あ、ひうううう!」
彼女の白いブラが見えた所で自分の行動に気付き慌てて服を戻す。
そして、翔君はそう彼女に注意するも視線を外す事なくじっと見続けていた。
しかし、彼の視線と表情はまるで医者が患者を見るような、そんな覚めたような……見慣れたような視線だった。
全くこの二人は……。
私はため息をつきながら翔君に向かって言った。
「……翔君はここでいいわよ」
「え? で、でも」
「後は任せて」
この翔君の全く興味の無い視線、それに彼女が気が付いたら……恐らくまた泣き出してしまうかも知れない。
情緒不安定な状態の彼女に今の翔君はマイナスだ。
私はそう言うと目線で翔君に退出を促す。
翔君はまた少し不安な表情になるが、私に頭を下げて素直に部屋を出ていった。
「じゃあ準備して行きましょうか?」
「はい……」
彼女はすべてを諦めたような、そんな表情でのそのそと着替え始めた。
着替えた彼女と学校迄ゆっくりと歩く。
さて……この後どうなるのか? 先生はどう対応するのか?
正直に言うと、今、私は一人の生徒、部員にかまけてる場合ではない。
部長で生徒会長の私の仕事は多岐にわたる。
現在学校は甲子園出場で沸いている。
全校生徒、各部活に応援の要請が入っているのだ。
真剣に活動している部は、この夏休みにどれだけ練習時間が取れるかが今後の成績に繋がる。
それは陸上部も例外ではない。
だけど生徒会長としては、学校側の要請に出来るだけ応えなくてはならないのだ。
しかし、次の大会を諦めるわけにはいかない。
ここで成績を残さなければ、陸上部の存続に関わってくるのだ。
そして私はいつものように冷静な顔をしながら、心の奥で、うんうんと悩みながら、彼女と学校に戻り先生に事情を説明した。
「うーーん、さすがにそれは」
私の話を聞いたキサラ先生は予想に反して……引いていた。
「す、すみません!」
その先生の様子を見て、事の重大さに気付いた只野さんは、慌てて頭を下げる。
翔君が冷静過ぎた為に大事に至らなかったが、私に刃物を向けその後自分に向け自殺未遂に及んでいる事実に先生が引くのは当然かも知れない。
「うーーん、さすがにそこまでしちゃねえ、いくら私でもーーはいそうですかってわけにはいかないわねぇ、それにしても彼はそこまでするような人なの?」
「……それは……」
「勘違いでそこまでするってねえ、彼の何がそんなに魅力なの?」
一体なんの話を始めたのか? それは今聞かなければならない事なのか? 疑問に思った私は先生のその質問を止めさせようしたが、それに気付いた先生は手で私の機先を制する
「…………私……才能に憧れてるんです」
彼女は暫しうつ向き自分の考えを纏めたかのように訥々と先生ぼ質問に答え始める。
「才能?」
「はい……私は何も無い人間だったんです、でも小学生の時彼を見て……先輩を初めてみて、その才能を見て気付かされたんです。
才能の魅力に……。短距離って……足の速さって才能だし、私はただの人間……だから才能がある人に、先輩にずっと憧れてたんです」
さっきまでの絶望的な表情はそこにはなく、彼女はごく普通の恋する女の子の柔和な表情で翔君の事をそう語った。
私はそんな彼女を少しだけ羨ましく感じていた。
「そっかあ、そんなに好きか~~」
キサラ先生はニタニタと笑いながら彼女を茶化す。
「え? あ、……はい」
「……ふーーん、わかった、じゃあ只野さんにペナルティを課します」
「ペナルティ……」
「そう、只野さんは円が戻ってくる迄の間マネージャーを命じます」
「ま、マネージャー?」
「そう、そして部長、翔君にもペナルティを伝えてくれる?」
「ペナルティ……はい」
「来週からの合宿参加選手全員を全国上位で戦える迄仕上げる事」
「ぜ、全員?! そ、そんな無茶な?!」
「そう? 合宿参加者は、長距離Aチーム7人、高跳びの小笠原穂波と川本夏樹の2名、短距離の貴女と灯の2名、翔君本人の計12人」
「12人?」
「そ、それ以外は副顧問のオカマちゃんと甲子園行きね」
「……は、はい」
「その12人が活躍出来れば来期もここで練習出来るかもねえ~~」
「そ、それって」
「言葉の通りね、さもないと野球部の第二練習場がここになるって事よ」
「……わかりました」
遂に学校側は陸上部に見切りをつけ、野球部に舵を切ったという事だ。
「只野さんわかった?」
「え?」
「来年も大好きな先輩と一緒に練習したいなら~~、マネージャーとして彼をしっかり手伝ってね?」
「……え? それって」
「ああ、言葉が足りなかったね、陸上部のマネージャーではなく、宮園 翔のマネージャーって事ね」
「「え? ええええええええええええ!?」」
キサラ先生のその提案に、思わず只野さんと同時にそう声をあげてしまった。
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