第68話 開戦
「聞いたわ、貴女が彼の足を奪ったそうね」
会長はにっこりと笑いながら円に向かっていきなり切り出した。
「そうね、だから私はここに来たの」
会長がなぜ知ってる? と、僕はそう思ったが円は知っていて当たり前の様にそう切り返した。
「ふふふ、なんかいかにも彼の為にって言ってるようだけど、自分の為にじゃないの?」
「そうね……勿論自分の為よ」
「自分の罪悪感を消す為に? それとも、好きな男の子の元に居たい為に?」
「そんな事を貴女に言う必要は無いわね」
「ははん、図星かしら? そして彼の自殺幇助をしようとした……それは彼の為? それとも自分の為?」
「それも……言う必要は無いわ」
口調とは裏腹に二人は笑顔で会話をしている。
でも共に目は全く笑っていない……そして、会長の言葉を聞き、円の眉間に一瞬皺が寄った。
「どうせ、一緒に死んであげるなんて言ったんじゃないの? だとしたら、私は貴女を許さない」
「……」
「これも図星だったかしら? でもね、どんな理由があっても、自ら死を選ぶ事を肯定するなんて、私は許さない……一緒に……なんて私は絶対に言わない」
「そ、それは……」
「私は一緒に生きたい……好きな人と一緒に、たとえその人がどんな姿になろうとも、ボロボロになっても……私は一緒に生きたい、生きていて欲しいって思うわ」
「……それはエゴね」
「エゴ?」
「そう……例えばもしペットを飼っているとして、その大事なペットが病気になり、痛みで動けなくなりもがき苦しむ姿を見て、貴女はそれでも痛みに耐えて最後まで生きろって言うの?」
「ペットと人を一緒にしないで」
「人だってそうよ、死ぬほどの痛みに耐え続けろって、ううん、人工呼吸器で生かされている状態で、それでも最後まで外さないって事? どんなに苦しんでいてもずっと心臓マッサージを続けるって事?」
「そんな事を言ってるんじゃないわ! 私は彼の事を言ってるの!」
「そうよ、彼の事よ」
「!」
円は会長に一歩近付いた、傘と傘がぶつかる距離に。
駅や学校に向かう人達が、こっちを気にしてチラチラと見ている。
恐らく二人もそれを理解したのだろう。
距離を縮めて声のトーンを抑え円は会長に向かって言った。
「何年も近くに居て、何も出来なかった事の八つ当たりは止めて下さい……貴女は踏み込めなかった……彼を救えなかった、それだけ」
「そ、それは……」
「彼が………………」
「…………」
二人の距離がさらに縮まる。それと同時に雨の勢いが増した。
二人の声は僕には届かない……。
「さ、行きましょうか」
話を終えたのか円はにっこり笑って僕に振り返る。
そして僕の元に来ると僕が持っていた鞄をひったくる様に奪った。
「え? あ、だ、大丈夫だから」
円に鞄を持たせて歩くとか、色々と問題があるんじゃないのか?
「よくいう、持ちにくいって顔に書いてあるじゃない、なんなら傘を持ってあげましょうか?」
それは相合い傘をするって事で、さらに問題になる気が……。
「じゃ、じゃあ鞄だけで……」
とりあえず傘をしまえる所まで持って貰えれば助かると、僕は諦め円に鞄を持って貰う。
そして複雑そうな顔でこっちをじっと見つめる会長に向かって言った。
「えっと、あの会長……一昨日はありがとうございました」
「え、ええ……」
「えっと……じゃ、じゃあ、そろそろ行かないと遅刻しちゃうので」
「……そうね、生徒会長が遅刻とか示しがつかないものね……じゃあ私は先に行くわ」
「はい」
会長は円を見ずに僕だけ見ながらそう言うと、綺麗な足取りで学校に向かって歩いて行く。
円に何を言われたのか? さっきまでの勢いも、いつものあの強引さ、力強さの欠片もない。
「えっと……円さん、最後に会長になんて言ったんですか?」
できれば聞きたく無い……でも聞かない分けにはいかず、僕は円にそう訪ねた。
「んーー? 別にぃ、ただ」
「ただ?」
「貴女とは覚悟の度合いが違うの、私と張り合うなら最低でも、命をかけなさい、みたいな事を言っただけ?」
「……」
こえええええ、円こえええええ……。
しかも絶対そんな優しく言って無いだろ?
もっと長く話していたし……。
とりあえずもうそれ以上は聞けないと気を取り直し、円と一緒に学校に向かう。
駅からのメインの通学路とは違うので、同じ学校の生徒はそれほど多くはない。
そして傘のお陰か僕と一緒に歩いているのが、あの白浜 円とは誰も気付かない。
僕はそれにホッとしている。
でも、このままずっと一緒にいればいつかは気付かれる。
その時周囲はどう思うのだろうか? その時僕は……どうするのだろうか?
このまま一緒にいて、彼女の好意に甘え続けていいのだろうか……?
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