第70話 僕は望んでいない
「やっぱ、コロしておけば良かったかなあ」
「……円さん……なんか恐ろしい事を口走ってませんか?」
「コロコロしておけば?」
とりあえず、クラスメイトにまた変な事を言われぬ様、授業が終わるや急いで円のマンションに来た僕は、いつものように円に勉強を教えて貰っていた。
そして暫くして向かい合って勉強をしていると、円は唐突に僕を見ながらそう呟く。
「コロコロって、かわいく言うなし」
「え~~だって翔君さあ、なんか最近モテモテみたいだし、コロコロしておけば私だけの物になったんだよなあって思って」
「モテモテって、結局皆僕の過去の実績で近寄ってるってだけじゃない」
「会長さんに、夏樹さんだっけ? あと今日教室に来た中等部の灯ちゃん? 翔君嬉しそうにどこかへ連れて行っちゃうし……は! そ、そうか!」
アニメや漫画で頭の上に電球が点灯したような表情と仕草をする円。
「え!?」
「北海道で私に手を出さなかった理由がわかったわ!」
「て、手をって!」
「か、翔君って……ロリコンだったのね?!」
「ちゃうわ!」
絶対に違う、相手は見た目小学生だけど、それは見た目だけで、実際は中学生3年、たった1学年しか変わらない! いや、そもそも恋愛感情は無いし、勿論向こうだって僕の事をからかって結婚だとか言ってるだけだし。
「なんか、心の中で必死に言い訳してるみたいだけど?」
そう言ってじっと僕を見る円、なんでバレた! さては円はテレパス? いや、そうじゃない、言い訳なんてしていない。
そうだ! そんな事よりも言わなきゃいけない事があったんだ。
「そ、それよりもさ、なんか噂で僕がチックを助けた事がバレたみたいで、大丈夫かな?」
「あ~~なんか誤魔化したし……まあいいや」
円はクスクスと笑いながら、ペットボトルの水を一口飲む。
そして、一呼吸置いて、僕を見つめて言った。
「あれね、やっと動いてくれたみたいね、この間の一言がかなり効いたみたい? あはははは」
「へ? きいた?」
聞いた? 効いた? 利いた?
誰に? 何が?
「でもさあ、本当は私がしたかったんだよねえ、翔君の信用回復の手段だし。でも噂を流すって難しいんだよねえ、友達とか知り合いとか多くないと、あと重要なのが信用だし、今の私の学校での立場だと難しいのよねえ」
「ちょっ、え? どういう事?」
「ん? まあ、たぶん会長さんがやったんでしょ? 私がそう仕向けたから」
「仕向けたって……えええ?」
何を?
「本当はねえ、私が高らかに宣言したかったんだ、翔君は私のチックを助けたせいで~~って? でもそんな事を貴方は望んで無いでしょうし、まあ私もこんな性格だから、そんな事したくないし」
「まあ、望んではいないけど」
円が僕の為に矢面に立つなんて、そんな事は本当に望んでいない。
「私ねえ、色々考えてはいたんだよね、貴方の学校での立場を見て……テレビの時の私の振りをして、皆から信用を得て、そして翔君の信用を回復しようとかさ、あははは、今さらだよねえ」
「振り?」
「翔君ならわかるでしょ? テレビの私は作った私だって、本当の私の姿はテレビとは全然違うって」
「まあ、それはそうなんだけど……でも、僕はまだあまりよくわかってないんだ……円の本当の円の姿って……」
確かにテレビの円と目の前にいる普段の円は別人と言ってもいい。
「ん? 見たまんまよ、学校での私が本来の私だよ?」
「本来の?」
「うん、私ねえ、実は極度の人見知りなんだよねえ」
「……えええ!」
うっそだ~~、最初に僕に会った時普通に話してたじゃん?!
「何よ? 本当だもん、内気で内向的で人見知りで」
「……それ全部同じ意味だよね? てか、えええ!?」
学校ではずっと芸能人特有の? オーラを出して、めんどくさいから話しかけんなって、円はそんな風にしているって思ってた。
「でも、今の翔君の立場を少しでも緩和したくって、ずっと考えてたの。でね、私の事を隠しつつ、せめて事故の本当の理由位は流したらって思って、だからこの間会長さんに言ったんだよね、向こうから言ってきたじゃない? 私が翔君の元に来た理由を、多分妹さんが話したんだろうね?」
「……えっとそれは……正確にはなんて?」
あの時は聞くのが怖かったんだけど、こうなったら仕方がないと、僕は改めて聞いてみた。
「うーーん、えっとね……確か、生徒会長なら、そんな事位出来るでしょ? そこまで知ってて何もしないとかバカなの? 私と張り合うなら、最低でも命くらいかけなさい……だったかな?」
──やっぱりこええええええええ、円さんこええええええええ。
「ごめんなさい……貴方が学校でこんな事になってたって気付かなくて」
円はすまなそうな顔で僕を見る。
「ううん、大丈夫……ありがと」
「やっぱりママのせいだよね……あんな約束してたなんて聞いてなかった」
「……そか」
「あのね、もう気にしなくて良いから……私の為に翔君の立場が悪くなるくらいなら、私が全部」
「駄目! 嫌だよ」
「え?」
「それは僕も同じだから、僕の為に円が無理をするのは嫌だよ」
「か……翔君……」
僕がそう言うと円は一瞬驚いた表情に変わり……、そしていつもの、僕にだけ見せる、テレビとは違う僕だけの笑顔に変わった。
可愛い……その笑顔がとてつもなく可愛くて、僕も思わず円を見つめてしまう。
二人でテーブルをはさんで見つめ合う。
ウルウルとした瞳で僕を見つめる円。
こ、これは……これは今がチャンスなのでは?
僕はそう思い決心した。 言うなら今だって。
「そ、それで、あのね、明日なんだけど、その会長の妹さん……灯ちゃんに、走りを見て欲しいって言われて、その明日は休みにして欲しいかな~~なんて……」
そろそろ期末に向けて真剣に取り組まないとって事で、土曜は朝から勉強をするって一昨日円に言われたばかりだったのだ。
「へーーーー」
僕がそう言った瞬間円の表情がフラットになる。
「え、えっと、あ、その代わりに日曜に……あ、日曜は夏樹のマッサージと妹と外食の約束してた……えっとえっと」
「へーーーー」
円の顔が更にフラットになり、ウルウルとしていた瞳は一瞬で乾いた目になる。
「あのご、ごめん……来週からで、おけ?」
「……このロリコン! シスコン! やっぱしコロコロしておけばよかった! なんなら今から!」
円はシャーペンを持つと手の平で一度クルリと器用に回し、そのままテーブル越しに、僕の目を目掛けて!!
「だめ! ぼ、僕は吸血鬼じゃないからだめええええ!」
そして、決してロリコンでもシスコンでもない! 絶対にない!
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