第190話 恋人繋ぎで逆襲


 付き合い始めて初めて私服で二人で街中を歩く。

 今までだってこうして歩いていたのに、何故だろうか……全然感覚が違う、景色が違って見える。

 円の威光か、それとも俺の脳がそうさせているのか? もう世の中がキラキラと輝いて見えてる気がする。


 『元アイドル』で『元人気タレント』で『元CM女王』テレビを付ければ円がそこにいるとまで言われたあの白浜円と……俺が付き合っている事実に今さらながら緊張してしまう。

 

 事故で怪我をした原因として、その責任を取る為に俺とずっと一緒にいてくれた。

 だから……この怪我が治ったら……そして再び陸上に復帰出来たら……この関係は解消するってそう思っていた。

 でも、円は俺の告白を受け止めてくれた。俺と付き合うって言ってくれた……あれ? 言ってくれたっけ? 正直あの時の事はあまりよく覚えていない。

 

 円は結婚とか言っていたけど、付き合うとは……言ってない?


 とりあえず付き合っているのは間違い無い……筈、とりあえず細かい事は気にしない……で行こう。



 俺はそっと隣を歩く円を見た。

 今の円は赤い眼鏡をかけて、ツインテールの髪型にしている。一応軽く変装をしている。


 その幼い髪型のせいか? 今の円は中学の頃、初めて会ったあの頃のような所謂子供のような可愛さが全面に押し出されている。

 そんな円を見て俺は少し安心した。


 だって……あの頃と違い、高校2年になった円は、可愛さと美しさが入り交じりそこに色っぽさが加わり初めているからだ。

 プラトニックから、恋愛を一から始めたいなんて言ったのに、そんな円を見ていたら一気に関係を深めたいって……思わずそう思ってしまうのは高校男子として仕方のない事だよね?


「どうする? 手でも繋ぐ?」

 円は少し意地悪っぽくそう言うと俺に美しい白魚のような手を差しのべる。

 そのピアニストのような細い指を俺は折れないようにそっと掴んだ。


「ふふふ、何でそんなに緊張してるの?」


「だって……」


「ああん、こっちまで緊張しちゃうよ~~」

 円の手が微かに震えている……いや違う……俺の手が震えているんだ。

 もう、何が何やらわからない……一緒にお風呂に入った事まであるのに……なんでこんなに緊張するんだろうか?


 そう思ったその時、頭の中であの時の事がうっすらと浮かんだ。

 あの時、北海道で一緒にお風呂に入った時、まさかこんな事になるなんて夢にも思っていなかった。


 1年前は絶望しかなかった。 すべてを無くしたってそう思っていた。

 でも、今は……。


「とりあえず、公園に入ろっか?」

 円に言われ公園に到着していた事に気が付く。


「あ、はい……」


「はい、だって、あはははは」

 まるで初めて出会った頃に戻ったような、そんな感覚で俺はそう返事をしてしまう。

 

 手を繋いだまま公園の入り口にある防護柵の横を二人ですり抜ける。

 その時、お互いの腕がピタリとくっついた。


 夏休み前、梅雨の合間で湿度が高く俺も円も少し汗ばんでいた。

 円はノースリーブのワンピース姿、俺はTシャツ姿。

 お互い腕は剥き出しの状態、その腕と腕がピタリと吸い付く。


「あ、ご、ごめん」


「え? ああ、全然」

 円は全く気にする事なかったが、俺の鼓動は恐らく400mを全力で走った時くらいのスピードで高鳴っていた。

 

 とりあえず、まだ日が高い、いくら化粧と日焼け止めを塗っていても、この時期の日差しは強く円の皮膚を傷つけてしまう。

 俺は辺りを見回し、人気のない木陰にあるベンチを見つけ円の手を引いた。


 ここは大きな池のある広い公園、近所ではランニングスポットとして有名だ。

 目の前には数人のランナーがこっちをちらちらと見ながら通り過ぎていく。


 白浜円とは気づかれていないようだけど、こんな美少女がいたらそりゃ誰もが気になりついつい見てしまうだろう。

 とりあえず人目を避け、人気のないベンチの前に。


 俺は持っていたハンカチでベンチの上を何度か払い円を座らせる。


「へえ、やっさしい~~」

 円は笑顔でからかうように俺を見ながらそう言って座る。


「まあ、綺麗な服が汚れちゃ悪いし……」

 照れ隠しでそう言いながら円の横に少しの間を開けて腰を下ろす。

 すると円が俺との距離を縮め、くっつくように座りなおす。

 また腕と腕がピタリと吸い寄せられた。


「さっきも……ドキドキしてた……?」

 円は疑問形で俺にそう言う。

 ヤバイバレていた……。


「うん……」

 顔が火照る。自分の顔が赤くなっているのが見なくてもわかる。

 すると円は調子に乗ったのか? 座るときに離した手をもう一度繋いでくる。

 

 もう完全に主導権は円だった。

 しかし、そう思った時俺の中にいる負けず嫌いの性格が『このままで良いのか?』と心の中でそう訴えて来る。


 行くしかない……俺は円と握っている手を一旦振り払った。


「え?」

 突然の俺の拒絶に円が戸惑いの声を上げた。

 しかし、その刹那俺は再び円の手を握る。

 今度は円の細いしなやかな指の間に、自分の指を滑らせて……。


【恋人繋ぎ】

 巷でそう言われている握り方で俺は円と手を繋いだ。


「ふ……」

 円の吐息が聞こえる。

 俺はそっと円を横目で見ると、真っ赤な顔で円は俯いていた。

 そんな円を見て、俺は心の中で小さくガッツポーズをした。


 


 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る