第191話 諦めないぞ


「風が……泣いている……」


「泣いてるのは灯でしょ? ほら虫が入るから窓際閉めて」


「お姉ちゃんんんん」


「ハイハイ、そろそろ自分に浸るのは止めなさいね」

 お姉ちゃんはそう言って失恋した私を軽くあしらった。



 あの日、翔先輩が復帰したあの記録会で先輩が跳んだ時、私はその場にいなかった。


 いや、正確には同じグラウンドのバックストレート付近にいた。


 私は200m走に出場していてた。

 その200m走のスタートの準備をしていると、周囲がザワザワと騒ぎ始めた。


 何事かと気になってはいたが、スタート前だったので競技に集中していた。


 そしてスタートラインに着いた時、突如放送が入った。


 翔先輩が幅跳びで高校新記録を出したと……放送が入ったのだ。

 は? どういう事? 私はわけもわからずスタートラインに着いていた。

 そして混乱していた所に号砲がなる。


 そのせいで思い切りスタートが遅れ記録は散々な結果となる。


 それだけじゃない、私はさらに凹む事がゴールした直後に起きた。


 そう……翔先輩が白浜円に告白している所を私は直接この目で見てしまう。


 翔先輩が告白すると円がそれを断った……と、思った矢先、今度は円が翔先輩にプロポーズしてしまう。

 抱き合う二人……周囲も私も呆気に取られ一瞬呆然としてしまう。

 そして直ぐに大騒ぎになった。


 パニックと化したその場を沈めるべく、大会関係者の人が慌てて二人をどこかに連れて行く。


 その直後放送が入り顧問のキサラ先生と部長のお姉ちゃんが呼び出され、本部で厳重注意を受けた。


 テントに戻ってくるなり大爆笑するキサラ先生と、頭を抱えるお姉ちゃん…… 翔先輩と円先輩は直ぐに帰宅、そのまま自粛って事になってしまった。

 

 あれから翔先輩には会えていない。


「ねえ……お姉ちゃんは本当に知らなかったの?」


「またその話? 翔君の走り幅跳び転向の事は知ってたけど、円さんとの事は知らなかったって言ってるでしょ?」


「本当に?」


「……仮に知ってたとしても……どうにもならないでしょ?」


「それは……そうだけど、良いのお姉ちゃんは?」


「……何が? とは言わないけど、まあ私は彼に同情してただなのかもね」


「同情……」


「そ、復帰した今の彼に対してはライバルって感情しかないわ……元々彼には対抗意識しか無かったから……正直嬉しくて凄く悔しい、復帰直後に高校新だなんて……あり得ない」

 お姉ちゃんは言葉の通り嬉しそうなそして悔しそうな、そしてワクワクしているような、そんな複雑な表情をしていた。


「彼とはトラックの上で戦うだけ、女子と男子だけじゃなく今は短距離と跳躍っていう違いがあるけど、それでも翔君は私にとってライバルなの……だからこの気持ちは恋愛感情なんかじゃ……ないわ」

 

 どう考えても言い訳にしか聞こえない……でもお姉ちゃんはそれで自分の気持ちに決着を付けたのだろう。


 でも……私は違う、私は翔先輩がどんな状態でも同じ気持ちでいた。

 

 自信を持って走っていた時も、怪我をして走れなくなっている時も……先輩と初めて出会った時も、思ってたよりも弱々しい人だって知った時も、思ってたよりも陸上を愛しているって知った時も、そして……今も……私はずっと変わらず先輩の事が好きだった……ううん、今も好きで居続けている。


「私の方が先なのに……」

 円……あいつよりも、私の方が先に好きになったのに、私の方が先に告白したのに、私の方がずっとずっと……好きなのに。


 情けない先輩も、頼りがいのある先輩も、杖をついてよろよろと歩いていた先輩も、どんな先輩も好きだった……。

 諦めたくない、諦めきれない……。


「私はお姉ちゃんとは違う……円なんかに先輩は上げない」

 相手は芸能人、私なんかより比べ物ならない位可愛い……。

 テレビで何度も見ていたのに、本人を直接目にした時、その容姿に圧倒された。

 私だってスタイルには自信があった。顔だってそれなりに自信を持っていた。

 でも、白浜円を初めて生で見た時、私の自信は根底から崩れていった。


 だから……ずっと不安だった、でも翔先輩は容姿で選ぶような人じゃないってそう信じていた。


 そして、二人に亀裂が入った事をを知った時、私は嬉しかった。

 心の底から喜んだ……そしてお姉ちゃんとそこに付け入ろうと画策した。


 今考えれば……あれが失敗だったと私は思う。

 翔君の不幸を喜んだって事になるからだ。


 恐らくあれで、逆に円に付け入られたのだろう。


 あれから翔君の目の色が変わった。

 あの二人の関係が変わってしまった。


 でも、まだ終わったわけじゃない。あの二人はまだまだ幼くて脆い。

 

 だから私はチャンスを待つ。

 必ずどこかでチャンスはやってくる。


 やってくる筈……やって……来るよねええ?


 

「うええええええん、しぇんぱーーーい、翔しぇんぱあああいいいいいぃぃぃ


 

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