第192話 突然人気者?


 忘れていたわけじゃないが、今は絶賛期末試験中。


 円との……事があり、停学だったわけじゃ無いが学校から自粛命令が下り一週間登校出来なかった。


 その間俺と円は課題をこなし(自粛なのに円のマンションに入り浸って良いものだろうか?)そのまま期末試験に突入した。


 学校側から今回の事を軽く注意され、それ以上に高校新記録を出した事で注目されていると、手のひらを返したように喜んでいた。


 さらには俺に体育科への再転科を促して来る。


 色々言いたい事はあったが、今までの事を考えへらへらと笑って受け流していた俺もそれは流石に意地があると固辞した。



 その為、俺はそのまま普通科として試験を受ける事になった。


 1年の時は体育科も普通科も全く同じ授業を受けていたが、2年になるとクラスは同じだが、体育科とは必修科目が異なったり、午後の授業が免除になったりする為に試験範囲や内容が異なる。


 その為、試験のみ体育科と普通科は違う日に受ける事になる。

 

 ちなみに3年になると文系、理数系、そして体育科と三つのクラスに別れる。


 初めから分けた方が良いのはわかっているが、教室や教師の数が限られているのでこうした苦肉の作が取られていた。


 俺の自粛は体育科の試験日と重なった。

 普通科は試験前休みとなっており、その期間欠席とはならない。


 体育科の試験が先に終わり次は俺達の番となる。


 自粛期間中課題と共に円とバッチリ試験対策をし、俺は期末に挑んだ。


 久しぶりの学校、円との事や俺の陸上の事等でクラスがざわつくかと思ったが、2年最初の期末試験、そしてここは超進学校……そんな事に構っている場合ではないとまるで試合前のような雰囲気でピリピリしながら各自大人しく机に座り、ノートや教科書で最後の確認をしたり、静かに集中したりしていた。


 俺と円は顔を合わせとりあえずホッとしながら自分席に着く。


 そしてそのまま三日間の試験は問題なく終わる。


 試験が終わると同時に周囲がざわめき立った。


「あ、あの、宮園君……凄い記録出したんだって?」

「ごめん、私……宮園君の事誤解してた……」

「宮園、あのさ噂で聞いたんだけど、白浜さんと付き合ってるって本当か?」

「違うよ結婚したんだよねえ?」

「嘘マジか? すげえな……」

「すげえ……あのまるちゃと……おっかねえ」


「おっかない?」

 俺の周りに人が群がり突然そんな事をまくし立てて来る。

 そんな周囲に俺は戸惑い黙ってヘラヘラしていたが、その会話の中で円が怖いって事につい反応してしまった


「え? いや、白浜……さんってさ、何て言うのか、人を寄せ付けないオーラっていうの? 去年何度か話しかけようとしても近付く前に睨まれるような気がして……まるで虎に近付くような……」

 名前も知らないクラスメイトが俺にそう話していたその時、今まで明るく話していた周囲の空気が一瞬で氷る。


「翔君……帰るわよ」


 周囲の人だかりを強引に割って入ってきた円が、俺には今まで見せた事の無い冷たい表情と目でそう言って来る。

 まるで雪女を見てしまったかと勘違いしてしまう程に冷たく美しい顔に周囲が氷つく。


「あ、はい」

 俺は慌ててカバンに筆記用具を詰め込み円と一緒に教室を後にする。

 俺が扉を閉めた瞬間教室から安堵の声が響き渡った。


「失礼しちゃう」

 その安堵の声を聞いた円が、我慢していたのか? 校門から出ると俺の隣でボソッと呟く。


「円はさ……友達とか欲しく無いの?」

 俺がそう聞くと円は俺を少し悲しそうに見上げた。

 

「翔君は……優しいね……」


「え?」


「私は無理……今まで翔君の事を散々貶して陰口を叩いていた人となんて」

 円はそう言うと俺の手をそっと握る。

 暑さのせいなのかか? 円の手がしっとりと汗ばんでいた。

 試験が終わると直ぐに夏休みが始まる。

 

 円と付き合って初めての夏。

 去年とは違う夏……。

 

 でも俺はその時ある事に気が付いた。

 そう……俺は円の事をなにも知らない。


 元アイドルで元人気タレント、俺の前では可愛く優しくそして時に厳しい。

 そして俺はそんな円を好きになった。


 でも……今日皆の前で見せた円の顔を俺は知らなかった。


 そして、テレビに出ていた頃の円もアイドルの時の円も俺は画面で見た事以外は知らない。


 今、俺の前で微笑む円を俺は本当の円の姿だと思っていた。

 過去なんて気にしない……ってそう思っていた。


 でも、やはり気になる。気にしないってのは俺の単なる強がりだ。


 俺なんかよりも格好良くお金持ちに囲まれていた円、華やかな世界にいた円が俺なんかと何故にって……心のどこかでずっとそう思っていた。

 

 そして今も俺は少なからずそう思っている。

 

「ん?」

 俺がじっと見つめていると円は俺を見て首をかしげ、そして辺りをキョロキョロと見回すと、俺の手を引っ張り壁際に寄った。


「はい、どーーぞ」

 そしてどこかの家の壁際で円はそう言って目を閉じた。


「は?」


「え、 キスしたいんじゃ無いの?」


「ええええええ?!」


「ほら早く、人が来ちゃうよ」


「いやいや、しないから、人が来ちゃうって、全然歩いているから」

 目の前を見ない振りをした生徒が歩いて行く。

 こんな所でそんな事した日には、再び自粛となりいつまでも陸上部の練習に復帰出来ない。


「えーーー」


「えーーーじゃないよ!」

 俺が円肩を持ち自分から引き離す。


「はあ……本当、意気地が無いんだから」

 円は頬を膨らませ俺を壁際に残しスタスタと先に歩き出す。

 俺も慌てて円を追った。


 スタスタ俺の前を歩く円を後ろか追う。

 ……思えば円の歩く姿を、この後ろ姿を見るのも初めてかも知れない。


 いつも俺の隣にいた円、そうそうなんだ、俺が一歩踏み出せない原因はこれなんだ……。


 俺は今はっきりとわかった。わかってしまった。


 そう……俺は円の事を全く知らない……俺は円の過去の姿を……一切知らない。


 

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