第216話 宮古島合宿2日目その4(天使のキス)
「なんだこの光景は……」
遠浅の砂浜、深さはくるぶしから膝下ぐらいだ。
波は穏やかでまるで円が水面を歩いているように見える。
その美しすぎる円の姿に、映像に……どこか神秘的な物を感じる。
そうまるで天国にいるような、そんな気持ちになる。
水平線に浮かぶ遠くの雲が円と重なりその背中から羽が生えたように見えた。
「天使だ……」
海を楽しそうに歩く円の姿が天使に見える。
いや違う……本当に天使なんだ。円は俺にとっての天使……。
「ねえ気持ちいいよ!」
その天使がおいでと手招きする。
天国に誘われているようなそんな光景だった。
俺はシューズと靴下を脱ぎ捨て、トレーニングウェアの裾を捲ると海水に足を浸ける。
そして慎重に歩き円に近付く。
一歩一歩足で海水をかき分けゆっくりと歩いて行く……。
いつもなら右足からはあまり感じない温度が、今はしっかりと感じている。
そんな信じられない現象に、俺はひょっとして……天国に来ているんじゃないか? 円は俺を迎えに来た天使なんじゃないか? という錯覚に陥る。
ここが色々な事の、いや人生の別れ道なのでは? そんな思いに俺は思わず足を止めた。
「どうしたの~~」
俺が立ち止まった為に、目の前の円が不思議そうな顔でこっちを見ている。
もしかしたら……ここは天国ではなく……三途の川なのでは? 俺の中でそんな疑問が生じた。
円と俺の間に命の架け橋が見える……そんな気がする。
これ以上進んで良いのだろうか? と俺は考えた。 そして……でも、それでもいいか……って思えた。
円が一緒なら……それでもいいかって……。
そう思い再び円の元へ歩み寄る。
「ねえ、ねえどこまでいけるかな?」
俺がそばに寄ると、円はさらに沖に向かって歩き始めようとした。
そう言われた俺は、思わず円の手を掴むと自分に引き寄せる。
「え?」
「いかないで……」
俺はそう言って円を抱きしめた。
「翔君?」
俺の耳元で円が戸惑いの声を発する。
俺はさらに強く円を抱きしめる。
恋しい、愛しい、寂しい、悲しい、嬉しい、楽しい、様々な感情が俺の中で湧き上がってくる。
「いかないで!」
再度同じ言葉を思わず発してしまう。
今度は強い口調で……円に向かってはっきりと言った。
まるで羽衣伝説で隠していた天女の羽衣が見つかってしまい、天に帰っていくのを引き止める奥間の子供のように俺は思わず円にそう言ってしまう。
羽衣伝説は遥か昔の沖縄宜野湾が舞台、この宮古の光景はその時の沖縄にそっくりなのだろうと想像してしまう。
本当に天女が、天使が舞い降りているかのような光景が、俺をおかしくさせる。
「……いかないよ」
円は俺の腰に手を回し小さな声でそう言った。
俺はずっと思っていた……そして思い苦しんでいた。
円は俺とは全く違う世界から舞い降りてきた。
そして、俺の足の責任という羽衣を失い、俺の元に留まった。
そして、今、俺の足は走れるようになるまでに回復した。
円は羽衣を見つけたのだ。
いつか、円は俺の元からいなくなる。天に帰ってしまう。
だから俺は引き止めた。今度は付き合ってという言葉で円を縛り付けた。
そして……円に普通を求めた……普通の恋愛を……普通の生活を。
でもそれは間違いだった。
彼女は普通じゃない、特別なんだ。
彼女は天使、自分の羽でどこまでも翔べる天使なのだ。
だから俺は思った……自分の足で、この足で跳ぶって。
円に少しでも近付けるように……高く遠くへ跳ぶんだってそう思った。
「翔君?」
俺はゆっくりと円を離す。
円は俺を見て不思議そうな顔をしている。
俺はそのまま周囲を見渡す。
さっき俺達が降りた白浜に数人が降りて来ている。
さらに堤防の上にも数人の人影がこっちを見ている。
俺は円の肩を持ち、その人達から円が見えないようにするべく自分の背を堤方に向け円を隠した。
円の背中に青い海が広がっている。
さっきよりも日が登り海は更に青さを増していく。
円は俺を不思議そうに見上げている。
俺は円の肩を持つ手に力を入れ円をゆっくりと自分に近づけそして……。
円の唇に自分の唇を重ねた。
円から甘い汗の匂いがする。
円の唇から甘い吐息が漏れる。
俺はもう円から逃げないって、そしてもう円を離さないと誓いのキスをした。
この天国で、神に誓うように……。
そして……誓いの口付けを終え、ゆっくりと円から唇を離そうと円の肩を持つ力を緩めようとしたその時、円が俺の頭がっしりと持ち、離さないとその手の力を加える。
「むむぐう」
俺は驚き思わず身体を反らす。
さっき誓ったのに思わず逃げ腰になるが、円は更に力を込め俺の頭を掴んだ。
そして「バシャッ」っと水しぶきを上げ俺達はその場に倒れ込んだ。
背中に生暖かい海水が入り込む、海面スレスレに俺の顔が浮かぶ。
円はようやく俺の唇から自分の唇を離す。
「……」
「……」
二人で寝転びながら黙ってじっと見つめあう。
俺はそのまま円を再び抱きしめた。
波がかかり俺達を洗う。
二人の全てのわだかまりを無くすように、海水とは思えないくらいに透明な水が俺達を洗い流して行く。
「くっくく、あは、あははははは」
「ふっ、ふふふ、ふふふふふふ」
俺達は浅瀬で寝転び、びしょ濡れになりながら笑った。
何もかも忘れ、ただの高校生のバカなカップルのように二人で思いっきり笑いあった。
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