第217話 宮古島合宿2日目その5(円から目を背けない)
二人で笑いあっていると円のスマホが鳴る。
少し残念そうな顔で円は通話ボタンを押した。
メイドさんからの電話だった。
自分達の現状を見て、我にかえった円はバスタオルを2枚持ってきてくれと電話に向かって言った。
そして俺の上から退くと、立ち上がり俺に手を差しのべてくる。
俺は円に手を引っ張られ立ち上がった。
そしてそのまま円を見ると……円の濡れたシャツが身体にピタリと貼り付き、薄いピンクの下着が露になっている。
「お、おっと」
俺は思わず目を背ける。
「あんな情熱的なキスしておいて」
円が少し呆れた顔でそう言った。
「い、いや、あれは円が」
「しらなーーい」
円は惚けるようにそう言うと、俺を残して靴を置いた砂浜に向かって歩き始める。
「ちょ!」
いまだに砂浜には家族とカップルが一組ずついる。
更に堤防の上にも何人かこっちを見ている。
そんな中でその格好はさすがにまずいと俺は慌ててトレーニングウエアを脱ぎ円に声をかけた。
円は被っていた麦わら帽子を拾い上げると俺の方を向く。
「えーー、そんなに見られたくないんだあ」
「あ、当たり前だ!」
俺はびしょ濡れになっているウェアをその場で思いっきり絞り円の肩に被せた。
円は袖を通さずにウェアを肩から掛け胸元を隠す。
そして麦わら帽子を深く被り、再び砂浜に向かって歩き始めた。
俺達が砂浜に着くと、周囲は俺達ではなくテトラポッドの上でバスタオルを持ち、俺達を待っているメイドさんに注目していた。
そりゃそうだ秋葉原じゃあるまいし、こんなところにメイドさんとか端から見ても異様な光景だ。
でも円が目立たなくて済むと、俺達は今のうちだと素メイドさんからタオルを受け取り、急ぎ足だけ拭いて靴を履き堤防の上に登った。
周囲の人は相変わらずメイドさんに注目しているので、円には気が付いていない。
俺達はとりあえずメイドさんよりも少しだけ先を歩き駐車場に向かって歩き始める。
メイドさんもわかってるかのように俺達よりも少し後ろを歩き、周囲の目線を自分に引き付けていた。
そのわかっている行動に、良くできたメイドさんだ……と、俺はチラチラと振り返り感心しながらメイドさんを見る。
「い、いてててて」
その時俺の頬に激痛が走った。
視線を移すと円が頬を膨らませ俺の頬をつねっていた。
「い、いひゃい円さん」
「メイドさん可愛いよね、ふん!」
「いや違う、そうじゃなくて」
円のやきもちとか貴重だなと俺は思わず笑ってしまう。
俺たちは駐車場に停めてある高級外車メーカーの大型4WDに乗り込む。
座席にはすでに防水シートが敷かれていた。
多分円の連絡を受けて防水シートを敷いてからバスタオル等を持ってさっきの場所まで来てくれたのだろう……ってか、メイドさん仕事できすぎ……。
メイドさんは自分の胸近くまでのある運転席に飛び込むように乗り込むと、車を素早く発進させる。
かなり目立つ行動だったがメイドさんの機転によりおそらく円だとバレていないだろう。
この狭い島に円がいるなんてバレたら注目され、この先どこにも行けなくなってしまう。
俺の隣に座る円は、タオルで髪や手足を拭き始める。
「ああん、べとべとする」
「シャワー浴びないとなあ」
乾いた場所から塩が吹き始めている。
清流のような透明さでも、やはり海水だ。
俺もタオルで髪や身体を拭き始め一通り拭き終わると円は突然俺の手を握る。
しかも恋人握りという奴だ。
そして手を握りながら俺の顔に自分の顔を近づけメイドさんに聞こえないように耳元で囁く。
「一緒に入っちゃう?」
「え?!」
「シャワー」
「い、いや……」
「あははは、シャワーだけで済まないかも知れないよねえ」
「いや……えっとそ、そんな」
「あんな……大胆なことしてきたんだもん……ね」
「そ、それは円が」
「うそうそ、冗談、朝ご飯の時間なくなっちゃうから」
円はそう言って俺の手を力強く握った。
もうずっと円に翻弄されっぱなしだ。
しかしこんな物はまだ序の口だった。
朝食を終え少し休憩した後俺達はホテルのプライベートビーチに向かう。
ホテルから階段を降りていき、崖の間にある白浜と珊瑚の小さなビーチだ。
誰にも邪魔されずにイチャイチャ……トレーニングをするには持ってこいの場所だった。
俺は先にビーチで軽くジョギングをして、準備運動と軽いストレッチを開始する。
とりあえず今日の午前メニューは砂浜ダッシュにサーキットトレーニング、そして水泳にした。
まだ大会迄時間があるので実践的なトレーニングはやらない。
今は足のケアをしつつ基礎トレーニングと体力作り、そして筋力の底上げを行う。
俺が準備運動をしていると、円が階段を降りてくる。
円は長めのパーカーを着ていた。
しかし下は何も穿いていないかの如く太ももから下が露になっている。
当然何も穿いていないわけはなく、水着を着ているのだろう。 当たり前だ。
とりあえず今から練習することは伝えているので、マネージャーとしてはその姿は0点と言わざるを得ない。
ここには練習に来たんだ! 旅気分じゃ困るんだ!
俺は円にそう怒鳴り付けるべく口を開こうとしたその時、円が俺を見て確認するように言った。
「えっと……練習の後に泳ぐんだよね?」
「……あ、はい」
「そか、へへへ」
円はそういうと少しもじもじしながら恥ずかしそうに笑った。
そのはにかむような笑顔を見て思わず俺もへらへらと笑ってしまう。
はい、ごめんなさい……満点の格好でした。
「と、とりあえずサーキット3本とダッシュ練習してから」
「て、手伝う?」
「じゃあ、頼もっかな」
「うん」
さっきの事がお互いに頭を過ったのだろうか? 思わず会話がぎこちなくなる。
浮かれ気分の自分に喝をいれるべくほっぺを二度叩き、気持ちを入れ替えサーキットトレーニングを開始する。
ちなみにサーキットトレーニングとは腕立てや腹筋等の筋トレや、スクワット等を加えた複合的な運動を繰り返すトレーニング方法のこと。
このあとに行う砂浜ダッシュもサーキットに加えてもいいが、そっちは実践的なトレーニングになるのであえてサーキットからは外した。
勿論個人によりメニューは様々だ。
俺はまず腹筋から始める。
腹筋といってもやり方は沢山ある。
腹筋台に傾斜をつけ、強度の高く行うやり方、特殊な器具を使い鉄棒にぶら下がって行うなんて方法もある。
しかしここにはそういった機材は無い。
仰向けに寝転び足をほんの少しだけ浮かすなんてやり方もあるが、砂浜の上ではあまり効果的では無い。
そして普通よくある足首を以てもらい膝を折って身体を起こすやり方は少し膝に負担がかかってしまい今の自分にはあまり適していない。
残るは、寝転がり足を上げ下ろしするというやり方だ。
より効果的にするには俺の足を押すように飛ばして貰う方法なのだが……。
「いつものだよね」
俺のサーキットトレーニングのやり方を知っている円は、いつも通りの配置についた……。
「つ……」
俺は仰向けに寝転び円の足首を持つとそのまま上を見る……。
さっきも言ったが円は水着の上にパーカーを羽織っているだけ。
俺の頭上に……とんでもない光景が広がっていた。
とりあえず俺の頭の中にある宮古島の美しい景色というフォルダーに、この一枚を加えておいた。
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