第228話 八つ当たり


「……」


「……」


「……」


「……」


「……………………えっと、天さん?」


「誰が喋っていいと?」


「いや、なんか文字数稼ぎかなって」


「は?」


「いえ、なんでも……」

 家に連行されると着替える事もなくリビングに直行。

 膝の事もあり、さすがに正座はさせられなかったが、ソファーに座らされ無言で睨まれている。


 妹の怒りは収まる事なく続いていた。

 それにしても……なぜここまで怒られなければいけないのか?

 俺の中で少しの疑問が沸き上がる。


 北海道の時とは違い、一応連絡はした。

 目的も一応合宿だと伝えている……。


「いや、連絡しなかった事は悪かったよ、でもそこまで怒ること無いだろ?」


「……」


「あの時点では学校に……部活に来るなって言われてたし」


「へえ、それで沖縄?」

 妹はようやく口を開く。


「あ、宮古な」

 まあ沖縄県だけど。


「宮古島……急遽行ったのよね」


「え? ああ、そうだけど」


「どこに泊まったの」


「どこって宮古のホテル?」


「一緒の部屋?」


「ち、違う違う、なんか貸し切りの別荘みたいなホテルで、部屋は勿論別々で……」


「当日のフライトで沖縄で貸し切りのホテル……」


「いや、だから宮古島な」


「ああ、もう! そんな事はどーーーーーーーーーーでもいいの!」


「どうでもって」

 お前が聞いたんじゃねえか。


「お兄ちゃんは! 一体なんなの?!」


「え? なんなのって?」


「だーーかーーらーー! 円の紐なの?!」


「ひ、ひも?!」


「だってそうでしょ?! 沖縄に急遽合宿? 貸し切りのホテル? は? 一体どこにそんなお金があるのよ!」


「いや……そ、それは」

 実はさらにハイヤーに乗り、飛行機はファーストクラスだったなんて……とても言えない。


「全部円に出して貰って、喜んで帰ってきて……しかもその挙げ句に……は、は、初体験まで!」


「い、いや、そ、それは」


「一体何の合宿よ! この変態紐男!」


「だ、だから紐じゃ」


「うわああああああん、お兄ちゃんが紐になったあああああああああ」

 妹はこれ見よがしに顔を両手で覆ってわんわんと泣きだした。


 てか……言われてみれば……俺って……紐なのか?


 今まで俺と円の関係は、ある意味被害者と加害者の関係だった。

 俺は自分の不幸を、怪我をした足を理由に円に、そして妹や夏樹達に甘えていた。

 思えば勉強だって、学校に甘えていた。


 普通科に転科したのだから普通科の基準点を取らなければいけないのに、追試追試でなんとか進級させて貰っていた。


 そして、会長にも甘え部活に復帰させて貰い、折角普通に練習出来るようになったと言うのに、あろうことか後輩とデートしてしまう。


 しかも勘違いとは言え、彼女に告白紛いの事まで……。


 うちの学校は中高一貫のせいか、上下関係とかあまり無い方だ。

 しかし只野さんは外部入学組、陸部の上下関係とか知らないで入ってきた。


 そんな状態で先輩である俺から誘われれば断れる筈もなく……さらにそんな上級生から告白とか……もうパワハラ越えて脅迫と思われても仕方ない。


 そして、何よりも一番悪いのは、それを否定する事なく宮古島に逃げてしまった事だ。

 思えば、事故の時も言い訳だと俺は真相を、そして円の事を学校の人間には言わなかった


 その挙げ句俺は女にだらしない、夜中に遊び歩いている等のレッテルを貼られてしまう。


 そしてそれを甘んじて受け入れていた。

 走れなくなってしまった事で自暴自棄になっていたのだ。


 もう……どうでもいいって。


 それでも負けず嫌いの性格で表面上は何事もなく過ごしてきた。


 円に再び出会うまで……でも溜まりに溜まった俺の不安や不満が爆発してしまった。

 そして円に見せつけてやろうって……俺がどんだけ辛かったか……死ぬ事で見せつけてやろうって……。


 結局はそれもただの甘えなのだ。


 そう……俺は相変わらず甘えているだけの子供なのだ。


 円に甘え、妹に甘え、只野さんに甘え、陸部の皆に甘えているのだ。



「ああ、ああああああ……」

 妹と同様に俺も顔を両手で覆って嗚咽する。


 そうだった……俺はこんな事をしている場合では無かった。

 

「うああああああああん」

「うあああああああああ」


 俺は妹と同様に泣き始めた。


 俺は……ずっと逃げていた。その逃げ腰根性はいまだに健在だった。

 そんな事している場合では無い。

 俺の失われた4年の月日を取り戻さねばならないのだ。

 爆弾を抱えている足、次があるかわからない……いつまた走れなくなるかも知れない。


「ご、ごめん……なさい」

 一頻り泣くと俺は妹に謝った。


「……お兄ちゃん」


「……ごめん……そうだよ……な」

 怪我をして4年、一番迷惑をかけていたのは紛れもないこの目の前にいる妹だ。


 ずっと献身的だった妹の期待を裏切ってはいけないのだ。


「ごめん……そうだよな、浮かれてる場合じゃない……よな」


「お兄ちゃん……わかってくれた?」

 嘘泣きだったのか? 妹は俺の言葉に笑顔を見せる。

 でも、それも俺の目を覚まさせようと思った故の行動だと理解する。


「ああ……」


「良かった、わかって貰えたって事で……じゃあ行こうか」


「行く? どこへ」


「決まってるじゃないお兄ちゃんの部屋に」


「俺の……部屋?」


「あ、先にシャワー浴びないと、汗かいちゃったから、お兄ちゃん先に浴びる? あ、どうせなら一緒に入る?」

 妹は思い付いたようにそう言ってくるが俺にはなんの事やら……。


「いや一緒にって、え? ちょっとなぜ脱ぐ?」

 そう言うや妹はソファーから立ち上がりスカートに手をかける。


「え? ほらとりあえず約束は約束だから」


「約束って……」


「円になんて負けてらんないからね!」


「ね! って」

 

「さあ、やるぞ!お兄ちゃん!」


「おおおお前、やるってまさか……」

 もうどこから突っ込んでいいのか……いや、突っ込むってそういう意味じゃ……等と思った時俺は一つの疑問が浮かんでくる。


「いや、ちょっと待て……天、お前インターハイから帰ってきたのって……昨日の夜だよな?」

 

「え?」


「俺が連絡入れて心配して直ぐに帰ってきたわけじゃ無いんだよな?」


「ああ、あーー、それはほら、一応会長の付き添いとかあったし」

 妹は俺のその言葉を聞くと俺から視線を反らす。


「……お前、キサラ先生と泊まりがけでなんにも無かったのか?」


「え!? お、お兄ちゃんと一緒にしないで……そんな事」

 妹の勢いが急速に衰えてくるのが手に取るようにわかる。


「お前……楽しんできやがったな!」


「たたた、楽しんでなんて、あるわけ無いでしょ! お兄ちゃんの事が心配で心配で」

 しどろもどろの妹を俺はじっと睨み付ける。


「たたた、楽しんでなんて……た、ただ」


「……ただ?」


「いっしょにい……お風呂には入ったかなあ」


「風呂……」


「あ、ほら大浴場だったし、温泉だったし、女同士だし」


「……それだけか?」


「いやあ、えっと……添い寝なんかしちゃったり?」


「そ、添い寝?!」


「あ、ほら修学旅行気分になっちゃうよねえ、ああいう所だと……てへ」


「てへじゃねええ! お前十分楽しんでるじゃねえか?!」


「しょうがないでしょ! お兄ちゃんの事相談しなきゃならなかったし!」


「俺をだしに使うな! お前」


「うるさい、煩い、五月蝿い、お兄ちゃんのせいで楽しめなかったんじゃない!」


「あああ、お、お前、さては心配だったのは建前で、イチャイチャ出来なかった八つ当たりだな!」


「うっさいいいいいい!」


 こうして俺と妹の関係はいつも通りの元通りとなった。

 ああ、勿論約束は実行していない。

 出来るか?!

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